本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2021年4月15日
国際平和協力研究員
よしだ ゆうき
吉田 祐樹

 紛争後の社会では秩序は著しく乱れ、犯罪や暴力行為を取り締まる能力を持つ治安機関もほぼ不在の状態が散見されます。国連、ドナー国、他援助機関等は治安部門改革 (SSR) の一環で軍や警察をはじめとする治安機関の能力強化を支援するなどして、治安状況の改善を後押ししてきました。しかし、目前に迫る脅威に対処するための治安機関の能力の向上や装備の強化に注力する一方で、治安機関の政策、活動、運営等が適切であるかを厳しく監視し、要すれば歯止め役も果たすガバナンスの確立・強化への支援は、その重要度が高いにも関わらず後回しにされてきました。本稿では、治安部門ガバナンスと民主的な監視の概念について考察した後、民主的な監視において議会と市民社会が果たす重要な機能・役割について概説します。

治安部門ガバナンスと民主的な監視

 「ガバナンス」という概念は日本でも浸透しつつありますが、簡単に言うと組織の運営、管理、意思決定プロセス等を統治する体制のことです。これを政府に当てはめると内政・外政に関する運営、管理、公共政策の決定等のプロセスを統治する体制となり、各国政府には国民の生活をより豊かにするため、ガバナンスの向上に向けた不断の努力が求められています。では、「良いガバナンス」の要件とは一体何なのでしょうか。2000年に国連人権委員会が採択した決議では、その要件として透明性、説明責任、参画性、応答性などが挙げられました[1]。これらは全て治安部門ガバナンス (Security Sector Governance: SSG) においても重要であると考えられており、加えて法の支配、有効性、効率性も不可欠な要件とされています[2]
 治安部門ガバナンスが脆弱であれば様々な問題が生じる恐れがあります。例えば、治安機関が政権幹部らによって私物化され、政治目的のために濫用される可能性があります[3]。そうした治安機関は国民の生命や人権の保護といった本来の使命を放棄し、法の支配を無視して人権侵害行為を行う危険性も考えられます。また、組織内における意思決定、人事や予算の管理、調達プロセス等における透明性や説明責任が軽視され、腐敗行為が横行するようにもなり得ます。一部の幹部が私腹を肥やす一方で、現場の職員は士気や能力を維持することが困難になり、結果、治安サービスの質が低下し、公共秩序の乱れへとつながる恐れがあります[4]。多くの紛争後国家ではこうした現象が起こっています。
 治安部門ガバナンスの改善のためには、治安機関内部の監視体制を強化することが先決です。職員の汚職や不正行為を監視・摘発する部署を設置したり、民主的な価値観を重視した服務規程を導入して職員の教育を徹底したりすることは有効です[5]。しかし、本稿で強調したいのは、公共治安サービスの受給者である国民にも、治安機関の活動や運営が適切かを監視し、改善のための議論に参加する権利があるという考え方です。多くの民主主義国家では議会や市民社会がその役割を果たしており、これは民主的な監視 (democratic oversight) と呼ばれています。
 民主的な監視の下では、治安部門の政策や活動に関する議論に多様なアクターが参加することで包括性が増進される上、各治安機関の透明性や説明責任が高まります[6]。また、治安機関による不正や人権侵害行為、政府による濫用等を抑止する効果も期待できます。各機関の中で民主的な価値観が定着すれば、法の支配や人権を尊重しつつ、国民の治安ニーズに効果的かつ効率的に応える組織へと変革し、サービスの質も向上するでしょう。治安部門の正当性の向上は国民の政府に対する信頼の回復にも直結します。このように、民主的な監視は治安部門の良いガバナンスを目指す上で必要不可欠なのです。そして、民主的な監視の確立はSSRの重要課題であると同時に、紛争後の平和構築におけるカギとも言えます[7]

民主的な監視における議会の役割

 民主的な監視において、自由で公正な選挙によって選ばれた議員から構成される議会が果たす役割は極めて重要です。運用基準、手法、解釈などは民主主義各国において異なりますが、ここでは議会の典型的な機能として(1)立法機能、(2)監視機能、(3)予算修正・承認機能の3点に焦点を当てて説明します。

(1)立法機能
 立法府とも呼ばれる議会では、法案の審議や法律の制定・改正等が行われます。各治安機関の活動や運営に関する法律についても、議会で十分に審議、検討された上で制定、施行されなければなりません。加えて、議会は既存の関連法律の有効性や妥当性を常に監視し、必要であれば見直し、改正を行う、もしくは一から新たな法律を制定するといった役割も果たします[8]。そうしたプロセスにおいて、法律が治安機関の任務、組織体系、機能等を明確に示し、組織の説明責任や透明性を担保した内容であるかを確認することが重要です[9]。法律に、治安機関が法の支配や人権を尊重するとともに、政府や議会等による民主的管理・コントロールを受けるといった政治の優位性について明記されていることも重要となります。

(2)監視機能
 議会は、各治安機関の活動が法律に準じたものであり、汚職行為がなく、適切に運営・管理されているか等を監視し、違反が発覚した場合は調査を行い政府に対して改善を求める役割も果たします[10]。また、政府による治安機関の濫用の有無を監視することで、民主主義におけるチェック・アンド・バランス機能を果たしています[12]
 防衛・治安分野に関する委員会が設置されている場合は、議会は同委員会を活用して、政府及び各治安機関の説明責任と透明性の向上に貢献することができます。防衛・治安分野の委員会は、政府から治安行政に関する文書や情報の開示を請求することができます[13]。補足説明が必要と判断した場合は、委員会は関係省庁や治安機関の高官を招致し、更に詳細な審議、調査を行います。専門的及び中立的な見地から、大学やNGOの有識者を参考人として招致して見解を聞くこともあります[14]。委員会は結果を議会に報告するとともに、世論の喚起のためにその一部を公表する場合もあります[15]。委員会は常任のものや、特定の事案について審議、調査するために臨時に設置される特別委員会等、様々な形態があります[16]
 その他にも、戦争への参加、自国軍の海外派遣、治安機関幹部の任命等の重要な決定においても議会承認を必要とするなどして、議会は政府の防衛・治安政策を厳しく監視しています。

(3)予算修正・承認機能
 相当な国家予算が治安部門に配分されていることに鑑みて、議会は治安部門の活動に必要とされる予算案が妥当であるか、また予算が効果的かつ効率的に執行されているか等についても監視します。上述の監視機能と異なる点は、議会は政府が提出した予算案の承認拒否や政府に対する説明、修正案の提出を要求できる権限が付与されていることが多く、最終案を承認するまでに直接的な影響を及ぼすことができることです[17]。政府による高額な武器の調達にあたって、議会の承認を必要としている国もあります[18]。また、各治安機関による予算の執行状況について、議会による監視、調査に加えて、外部の会計監査法人に更なる調査を委託するケースもあります[19]

民主的な監視における議会機能の課題

 治安部門の民主的な監視に不可欠な議会の機能には、大きく分けて3つの課題が存在します。1点目は治安部門の持つ情報の機密性に関する問題です。民主的な監視において透明性や説明責任は極めて重要である一方で、治安部門が取り扱う情報は各機関の戦略や公共治安に関わる機密性の高いものもあり、議会による情報開示請求に応じられない場合があります[20]。民主主義各国では、機密情報について審議する非公開会合を開催する[21]、または委員会による機密情報へのアクセス要領を明確に定めた法律を制定する[22]などしてジレンマの解消に努めてはいるものの、機密性の保持が透明性や説明責任の壁となっていることは否定できません。
 2点目は、委員会専属の職員不足の問題です。委員会の職員は会合の企画・運営、政府関係者や有識者との連絡、情報収集・分析、事務作業といった膨大な業務量を抱えています[23]。これらの業務を少数の職員で分担していることが多いため、最も重要とされる治安部門政策の分析や各機関による活動内容の精査に十分な時間を割けないことに加え、監視対象である政府や治安部門が提供する情報に頼らざるを得ないという不健全な依存が常態化していることがあります。委員会は議会に対して活動予算の増額を要求し、職員数を増やして情報収集・分析能力を拡充するとともに、良いガバナンスの要件である参画性・包括性の観点からは、大学やシンクタンク、NGO等の第三者機関が持つ専門性の更なる活用も検討すべきでしょう。
 3点目は議員自身の政治意思の欠如です。与党議員は自身の同僚が在籍する政府を議会で厳しく追求することにあまり前向きではない場合があります[24]。また、治安部門に関する諸課題よりも、福祉、雇用、労働問題といった国民の関心が比較的高い問題に取り組んだ方が有権者に対するアピールになると考える議員もいます。議員の政治意思が十分でなければ、政府及び治安部門に対する議会の監視機能は有効に働きません。委員会に野党議員を参加させることで委員会の中立性や透明性を向上させる取組を行っている国もありますが[25]、各議員が政府や治安部門を監視する政治意思を持つことが肝要であることには変わりありません。

民主的な監視における市民社会の役割

 議会の役割に加えて、市民社会も民主的な監視において重要な役割を果たしています。NGO、メディア、大学、研究機関等を含む多様なアクターを擁する市民社会は、草の根レベルの住民や社会的弱者の意見を代弁できるという政府や議会にはない強みを活かし、治安部門についての議論の場へ国民の声を届け、政策に反映させる役割を果たしています[26]。また、国民視点で各機関の政策や活動を監視して啓発活動を行うのみならず、治安機関による人権侵害事案に関する独自の調査や議会の委員会に対する専門的知見の提供といった形で議会の機能を支える役割も果たします[27]。こうした市民社会による活動は政治活動とは無関係で中立性が保たれているため、国民からの信頼が高いことも強みです[28]。市民社会は社会の多様なアクターの参加を促進することで、民主的な治安部門ガバナンスの構築に貢献しているのです。

おわりに

 本稿では、治安部門ガバナンスと民主的な監視について考察しました。治安部門の中には、軍や警察といった合法的に実力を行使することができる機関が存在します。国民にとって脅威ともなり得る治安部門の活動の根拠となる法律に問題はないか、各機関が法の支配や人権を尊重して国民のニーズに応える活動をしているか、各組織とも腐敗がなく、適切に運営・管理されており、予算も効率的に執行されているか。こうした問いに対し、それぞれの強みや機能を活かして多角的に取り組んでいるのが議会や市民社会です。議会、市民社会、そして国民一人一人が主体者意識を持って治安部門を監視し続けることこそが民主的な監視の根幹なのであり、良い治安部門ガバナンスを維持する上で必要不可欠なのです。

 

[1]  UN Commission on Human Rights. 2000. The role of good governance in the promotion of human rights (resolution 2000/64). (https://www.refworld.org/docid/3b00f28414.html) Accessed 4 Mar 2021.

[2]  Geneva Centre for the Democratic Control of Armed Forces (DCAF). 2015. “Security Sector Governance.” SSR Backgrounder Series. Geneva: DCAF, 3.

[3]  Office for Promotion of Parliamentary Democracy (OPPD). 2013. “Parliamentary oversight of the security sector.” Brussels: OPPD, 44.

[4]  Ball, Nicole. 2007. “Democratic Governance and the Security Sector in Conflict-affected Countries.” In Governance in Post-Conflict Societies: Rebuilding fragile states, ed. Derick W. Brinkerhoff. New York: Routledge, 86.

[5]  OPPD, “Parliamentary oversight of the security sector,” 14.

[6]  Cole, Eden. 2015. “Democratic Oversight and Governance of Defense and Security Institutions.” In “Oversight and Guidance: Parliaments and Security Sector Governance,” ed. Eden Cole, Philipp Fluri, and Simon Lunn. Geneva: DCAF, 44.

[7]  Bryden, Alan, Timothy Donais, and Heiner Hanggi. 2005. “Shaping a Security Governance Agenda in Post-Conflict Peacebuilding.” Policy Paper No.11. Geneva: DCAF, 8.

[8]  Born. Hans. 2015. “The Role of Parliaments.” In “Oversight and Guidance: Parliaments and Security Sector Governance,” ed. Eden Cole, Philipp Fluri, and Simon Lunn. Geneva: DCAF, 71.

[9]  DCAF. 2015. “Parliaments: Roles and responsibilities in good security sector governance.” SSR Backgrounder Series. Geneva: DCAF, 3.

[10]  Fuior, Teodora. 2011. “Parliamentary Powers in Security Sector Governance.” DCAF Parliamentary Programmes. Geneva: DCAF, 17.

[11]  Born, Hans, Philipp Fluri and Simon Lunn. 2003. “Oversight and Guidance: The Relevance of Parliamentary Oversight for the Security Sector and its Reform.” In “Oversight and Guidance: The Relevance of Parliamentary Oversight for the Security Sector and its Reform: A Collection of Articles on Foundational Aspects of Parliamentary Oversight of the Security Sector,” ed. Hans Born, Philipp Fluri and Simon Lunn. Brussels/Geneva: NATO and DCAF, 8.

[12]  Born, Hans. 2003. “Learning from Best Practices of Parliamentary Oversight of the Security Sector.” In “Oversight and Guidance: The Relevance of Parliamentary Oversight for the Security Sector and its Reform: A Collection of Articles on Foundational Aspects of Parliamentary Oversight of the Security Sector,” ed. Hans Born, Philipp Fluri and Simon Lunn. Brussels/Geneva: NATO and DCAF, 43.

[13]  Fuior, 17.

[14]  Ibid, 20.

[15]  OPPD, 33.

[16]  DCAF. 2015. “Parliaments: Roles and responsibilities in good security sector governance,” 7. 議会の委員会とは別に、政府から独立した監視機関を置いている国も存在します。例えば、人権委員会や人権オンブズマン機関は治安機関の活動に関する国民からの苦情を受け付け、人権侵害事案の有無や法律の遵守状況等を調査します。また、汚職対策委員会は各治安機関内の汚職行為の有無の監視・調査、監査機関は各機関による予算執行状況を調査し、結果を議会に報告しています。

[17]  DCAF, “Parliaments: Roles and responsibilities in good security sector governance,” 5.

[18]  Lunn, 31.

[19]  Born,2003, 44.

[20]  England, Madeline L. 2009. “Security Sector Governance and Oversight: A Note on Current Practice.” Stimson Center, 12.

[21]  Lunn, Simon. 2003. “The Democratic Control of Armed Forces in Principle and Practice.” In “Oversight and Guidance: The Relevance of Parliamentary Oversight for the Security Sector and its Reform: A Collection of Articles on Foundational Aspects of Parliamentary Oversight of the Security Sector,” ed. Hans Born, Philipp Fluri and Simon Lunn. Brussels/Geneva: NATO and DCAF, 33.

[22]  Fuior, 24.

[23]  Ibid, 19.

[24]  Born, 2003, 41.

[25]  OPPD, 28.

[26]  UN Development Programme (UNDP). 2008. “Public Oversight of the Security Sector: A Handbook for Civil Society Organizations.” Valeur: UNDP Bratislava Regional Centre, 18.

[27]  Cole. Eden. 2015. “Democratic Oversight and Governance of Defense and Security Institutions.” In “Oversight and Guidance: Parliaments and Security Sector Governance,” ed. Eden Cole, Philipp Fluri, and Simon Lunn. Geneva: DCAF, 57.

[28]  UNDP, 16.