本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません。

2020年10月2日
国際平和協力研究員
よしだ ゆうき
吉田 祐樹

 「法の支配」とは、社会の秩序を保つために定められた法律や規則が、政府を含む全ての国内組織及び国民に対して平等に適用されるシステムのようなものです。一見当たり前のことのようですが、法の支配が脆弱な紛争後国家では秩序が失われ、犯罪や不処罰が横行し、国民の政府に対する不満の拡大による紛争再発の危険性さえあるため、国連は平和活動等を通して法の支配体制の強化を支援してきました。本稿では、法の支配体制の重要な要素の1つである司法に着目し、問題点や改革の必要性を考察するとともに、国連における法の支配の概念の広がりと現場での支援内容等について概説します。

法の支配体制で重要な「司法三本柱」

 社会の治安維持と市民の保護のために重要な役割を果たす法の支配体制の根幹を成す重要な要素として、「司法三本柱 (Justice Triad)」とも呼ばれる警察、司法、刑務所(矯正)が挙げられます[1]。警察は治安状況の監視や犯罪者の逮捕、司法では裁判の実施を通じた事件の解決、刑務所は受刑者の収容や矯正といった役割を果たしています。これらのうち1つでも機能不全に陥ればその影響は他2つの活動にも波及し、法の支配の維持が困難となる可能性があるため、この3機関の役割は同等に重要で、円滑な横の連携も不可欠です。
 しかし、紛争後国家での法の支配改革においては、国連やドナー諸国は比較的短期間で成果が出やすい警察改革への支援に注力する一方、司法や矯正分野への支援は手薄になっていました。これは2004年及び2011年の国連事務総長報告でも指摘されました[2]。いくら有能な警察組織を構築したとしても、公正な裁判が行えず、犯罪者を安全に収容できる刑務所がなければ法の支配体制は機能しているとは言えず、そのような状況下で持続可能な平和と安定の達成は困難でしょう。こうした点も踏まえて、本稿では司法分野に焦点を当てたいと思います。

紛争後国家における司法体制の問題点

 最初に挙げたい司法体制の問題点は司法機関の脆弱性です。多くの民主主義国家では司法権の独立が担保されていますが、これには、例えば政府による裁判所への干渉や圧力を抑止し、裁判官の公正で中立な立場を守る等の効果があります。一方で、紛争影響国の司法機関は頻繁に政治介入を受け、司法の独立性が脅かされているケースが多く見受けられます[3]。例えば、ソマリアでは司法の独立性は法律上担保されていますが、実際には裁判所は政治家の介入を受けている上、彼らが司法セクターの予算の決定権を握っているため、裁判所は政治家の言いなりになるより他ありません[4]。また、セルビアのミロシェビッチ大統領(当時)は、1991年の旧ユーゴスラビア連邦の崩壊後、セルビア人による域内の影響力を強めるべく、コソボのアルバニア系裁判官や検察官を一斉に罷免したほか、アルバニア人によるロースクールへの入学や司法試験の受験を禁止しました[5]。これは民族対立が要因となった紛争影響国ならではの経験と言えるでしょう。
 次に法曹[6]の倫理観や能力に関する問題です。まず、汚職に関与している法曹は少なくありません。例えば、相手方の弁護士に対して不十分な弁護をするよう圧力をかける、裁判官に対して訴訟の遅延や評決時の取り計らいを依頼する、事務員に対して証拠の隠滅を指示するなどの行為が裏で行われており、法曹は見返りとして賄賂を受け取っています[7]。また、法曹の多くは紛争の影響もあって十分な司法修習を受けられておらず、意思決定能力が低いため、事案の処理が大幅に遅れることも珍しくありません[8]
 大勢の市民が司法サービスを受けられない状況も、司法機関の正当性を低下させる要因となっています。貧困層にとって裁判費用は高額である一方、手続は一向に進まないため、費用対効果を考えて最終的には訴訟を取り下げてしまうケースが多々見受けられます[9]。地方部に暮らす住民にとっては裁判所がある都市部までの移動手段の確保が困難で、都市部の住民にとっても、裁判所等の司法施設は紛争中に破壊されていることが多いため、同様に司法サービスへのアクセスは困難です。こうした障壁により、人々は各地域の慣習法等に基づいた非公式の司法サービスを利用して問題を解決してしまうことの方が圧倒的に多いのです[10]

司法改革の必要性と方向性

 歴史的にみて、司法の崩壊は多くの紛争の要因となってきました。腐敗した司法機関に正当な裁きは期待できず、人々は暴力等を用いて問題の解決を図ろうとしてきたからです[11]。しかし、紛争後の社会に、平和的かつ公正に問題を解決できる司法体制が構築されれば、犯罪の抑止、不処罰の解消、秩序の回復等が見込めるほか、国民の司法体制に対する信頼は回復され、暴力の減少にもつながります。また、これまで司法サービスにアクセスできなかった社会的弱者に対しても公正なサービスが提供できれば、彼らの人権が保護され、不満も軽減され、紛争の再発予防にもなります。治安が安定すれば、投資の誘致等を通じて長期的な経済開発を見込むことも可能でしょう[12]。このように治安、人権、開発の観点から、紛争後社会における司法改革の必要性は高いのです。
 では、上述の問題点を改善するためには具体的にどうすればいいのでしょうか。まず、司法機関の脆弱性を改善するには監視体制の強化が重要でしょう。司法の独立性を維持するための新たな法律の導入や特別委員会の設置等を通じて、議会が政府による司法への介入を監視・抑止する仕組みの構築が先決です[13]。法曹による汚職等の不正行為を監視・摘発する内部の監視部署の設置も、規律維持や透明性の向上のために必要です[14]。政府の活動が市民の人権を侵害していないかを監視する役割を果たすNGO等の市民社会団体に対しては、情報発信やアドボカシー(特に社会的マイノリティの権利擁護)能力の強化支援が有効です[15]
 次に、法曹の能力強化に関する取組についてです。国連はこれまでも法曹界の人材育成には特に力を入れて取り組んできましたが、外国から招聘した法律専門家らによる法律論や国際人権法の講義に終始するのではなく、実務訓練を取り入れるなどして、研修内容をより一層実用的にする必要性が指摘されています[16]。更に、持続可能性の観点からは、こうした能力強化訓練を企画段階から第三者による支援に依存せず、自国民のみで実施できる国内の訓練基盤を早期に確立することが必要不可欠となります[17]
 司法サービスへのアクセス向上を図るために、貧困層に対しては裁判費用等を政府、NGO、ドナー諸国等が肩代わりする司法扶助制度 (legal aid) の導入が有効でしょう[18]。地方の住民に対しては、定期的に法曹を現地に派遣し、司法サービスを提供する移動式裁判所 (mobile courts) の活用が有効で、多くの紛争後国家で成果を上げています[19]。紛争中に破壊された司法施設の再建も急務ですが、都市部のみならず周辺地域にも設置し、司法サービスへのアクセスにおける地域格差を是正することも重要です。他方、依然として紛争後国家の人口の大半が非公式な司法サービスを利用している現状に鑑みて、司法改革の主体者はそれらのサービスとの連携の可能性も排除せず、持続可能性を追求する姿勢が求められるでしょう。

国連における法の支配の概念の広がりと現場での活動

 国連において、法の支配の重要性が広く認識され始めたのは冷戦後のことです[20]。1992年にブトロス=ガリ事務総長(当時)によって発表された報告書「平和への課題」では、法の支配を含む民主的実践は真の平和及び安定の達成と明確に関連しているとされました[21]。翌1993年の国連総会では、人権保護の必須要素である法の支配体制の強化を支持する決議が採択されました[22]。更に、1995年の「平和への課題・追補」では、司法システムの回復は紛争予防及び復興にとって重要であると言及されました[23]
 21世紀に入ってからは、2004年の事務総長報告で初めて法の支配が定義され[24]、2007年には国連全体の法の支配強化支援の調整や一貫性の保持を図るため、副事務総長を議長とする法の支配調整リソース・グループ (Rule of Law Coordination and Resource Group: RoLCRG) が結成されました[25]。RoLCRGは国連事務局の関連部署や専門機関等を含む20機関から構成されており、法の支配が脆弱な国における支援方針や重点分野等を策定します。同年、その中心的な役割を担う法の支配・保安機構室 (Office of Rule of Law and Security Institutions: OROLSI) が事務局内に新設されて以来、OROLSIは現地政府や国連平和活動に対して司法システムの導入や強化に係る技術支援を行っています。更に、新規平和活動の立ち上げ時や移行期に同分野への支援を担う司法専門家らで構成された常設司法・矯正キャパシティ (Justice and Corrections Standby Capacity) が導入され、支援における即応性が増しました[26]。2012年の事務総長報告では、事務総長自らが現場の国連幹部らと共に法の支配改革を優先課題とするよう現地政府に働きかける決意を示すなど[27]、本部レベルで法の支配強化の重要性が広く認識され、支援体制が大幅に拡充されました。
 現場での法の支配強化に係る活動も冷戦以降に広がり始めました。1990年代前半のいくつかの国連平和活動に、現地の人権状況の監視任務が付与されました[28]。しかし、人権侵害行為の監視・報告だけでは問題の根本的な解決や再発防止につながらないことが明らかとなり、人権保護の基盤となる司法体制の改革支援に乗り出したのです。その先駆けとして、1999年に結成された国連コソボ暫定行政ミッション (UNMIK) に司法専門部署が設置され、国内司法体制の改革支援が行われました[29]。以後、多数の国連平和活動に法の支配強化に係る任務が付与され、今日では中央アフリカ共和国、マリ、コンゴ民主共和国、南スーダンの4つのミッションが法の支配改革の枠組みで司法改革に取り組んでいます[30]
 国連平和活動における主な司法改革支援としては、国内司法機関の強化、改革主体に対する助言、司法改革に関する国内議論の喚起、法曹の能力強化、国際社会による支援の調整等が挙げられます[31]。また、少額ではあるものの即効性のあるプロジェクト (Quick Impact Project: QIP) を通して司法関連施設の補修や建設も支援しています[32]。国連開発計画 (UNDP) 、国連薬物犯罪事務所 (UNODC) 、国連児童基金 (UNICEF) 等の専門機関も、各々の強みや知見を活かして司法改革支援において重要な貢献をしています[33]
 昨今の司法改革支援では、刑事司法分野に圧倒的なリソースが注ぎ込まれる傾向がありますが[34]、その他の分野にも紛争の火種は潜んでいます。「住宅・土地・資産」(housing, land and property: HLP) の問題がその一例です。紛争の影響で避難する際に一旦手放したHLPの所有権が、紛争終結後に自宅に戻ると他人に剥奪されていたという事例は珍しくなく、こうした民事の問題は和解を妨げ、紛争再発の要因にもなり得ます[35]。裁判所によるHLP事案の処理能力の強化、特別裁判所の設置、各地域の紛争解決メカニズムの活用等が有効とされていますが[36]、国連による司法改革支援においては、HLP問題の優先順位は依然高くはないようです[37]

おわりに

 法の支配改革、特に司法改革への支援は、様々な側面から紛争後国家の復興を後押しする重要な取組です。治安面では、カオスと化した社会において、司法体制の強化を通じた犯罪の抑止や不処罰を解消し、公共秩序の回復を促進します。人権面では、司法サービスへのアクセス向上を図ることで、軽視されがちであった社会的弱者の保護に貢献します。こうした社会的安定なしには持続可能な発展は不可能です。持続可能な開発目標 (SDGs) の目標:16「平和と公正をすべての人に」では、法の支配の強化は紛争解決に重要な役割を果たし、同目標達成のカギを握るとされています[38]。治安、人権、開発の基盤となる法の支配体制の歯車を回し続け秩序を維持するためには、司法改革のみならず、警察や刑務所の改革・強化も同時並行で行われることが肝要なのです。

 

[1]  太清信 (2012) コラム8:司法改革とSSR 上杉勇司・藤重博美・吉崎知典 (編) 『平和構築における治安部門改革』 国際書院

[2]  United Nations. 2004. “Report of the Secretary-General: The rule of law and transitional justice in conflict and post-conflict societies” (S/2004/616). New York: UN Security Council, 9; United Nations. 2011. “Report of the Secretary-General: The rule of law and transitional justice in conflict and post-conflict societies” (S/2011/634). New York: UN Security Council, 10.

[3]  Vapnek, Jessica, Boaz, Peter, and Turku, Helga. 2016. “Improving Access to Justice in Developing and Post-Conflict Countries: Practical Examples from the Field.” Duke Forum for Law & Social Change 8(27): 27-44, 37.

[4]  Sage, Andre Le. 2005. “Stateless Justice in Somalia: Formal and Informal Rule of Law Initiatives.” Geneva: Centre for Humanitarian Dialogue, 31.

[5]  Rose, Ackerman, Susan. 2008. “Corruption and Post-Conflict Peacebuilding.” Ohio Northern University Law Review 34: 405-443, 435.

[6]  法曹とは一般に裁判官、検察官、弁護士等の法律専門家を指します。(図解六法 2017-2020)

[7]  Mann, Catherine. 2011. “U4 Expert Answer: Corruption in justice and security.” U4 Anti-Corruption Resource Centre, 3.

[8]  United Nations. 2011, 10.

[9]  Vapnek., et al. “Improving Access to Justice in Developing and Post-Conflict Countries: Practical Examples from the Field,” 41.

[10]  UN Office on Drugs and Crime. 2011. “Criminal justice reform in post-conflict States: A guide for practitioners.” Vienna: UNODC, 103. 非公式の司法サービスは、現地の伝統や文化に基づき、各民族やコミュニティがあらゆる種類の争いごとを解決するために存在します。ただ、それらは必ずしも国の法律や国際人権規範に基づいたものではなく、問題の解決法自体が人権侵害に相当する場合や、紛争中に地元の軍閥らによってシステムが恣意的に変更されるといった脆弱性も指摘されています。

[11]  O’Neill William G. 2008. “UN Peacekeeping Operations and Rule of Law Programs.” In Civil War and the Rule of Law: Security, Development, Human Rights, ed. Agnes Hurwitz and Reyko Huang, 91. Colorado: International Peace Academy.

[12]  Ibid, 98.

[13]  UNODC, 23.

[14]  O’Neill, “UN Peacekeeping Operations and Rule of Law Programs,” 106.

[15]  Ibid, 103.

[16]  Office of the UN High Commissioner for Human Rights (OHCHR). 2006. “Rule of Law Tools for Post-Conflict States: Mapping the justice sector.” New York and Geneva: United Nations, 35.

[17]  UNODC, 38.

[18]  Ibid, 10.

[19]  Ibid, 85.

[20]  Hurwitz, 4.

[21]  United Nations. 1992. “Report of the Secretary-General: An Agenda for Peace Preventive diplomacy, peacemaking and peace-keeping” (A/47/277-S/24111). New York: UN, 16.

[22]  United Nations. 1993. “Resolution Adopted by the General Assembly: Strengthening of the rule of law” (A/RES/48/132.) New York: UN General Assembly, 1.

[23]  United Nations. 1995. “Report of the Secretary-General: Supplement to An Agenda for Peace: Position Paper of the Secretary-General on the Occasion of the Fiftieth Anniversary of the United Nations” (A/50/60-S/1995/1). New York: UN, 12.

[24]  United Nations. 2004, 4. 法の支配は「政府を含む全ての人、組織、民間及び公的団体は、一般に公布され、平等に適用され、独立して裁定され、国際人権基準に一致した法律に対し責任を負うという統治の原則」であると定義されました。

[25]  United Nations. 2020. UN Coordination of Rule of Law Activities. (https://www.un.org/ruleoflaw/what-is-the-rule-of-law-archived/coordination-of-rule-of-law-activities/). Accessed 6 Aug 2020.

[26]  United Nations. 2020. Office of Rule of Law and Security Institutions. (https://peacekeeping.un.org/en/office-of-rule-of-law-and-security-institutions). Accessed 6 Aug 2020.

[27]  United Nations. 2012. “Report of the Secretary-General: Delivering justice: programme of action to strengthen the rule of law at the national and international levels” (A/66/749). New York: UN General Assembly, 16.

[28]  O’Neill, 94.

[29]  United Nations. 1999. “Report of the Secretary-General on the United Nations Interim Administration Mission in Kosovo” (S/1999/779). New York: UN Security Council, 15. UNMIKは司法関連施設の再建、法務関係団体、弁護士会等への支援、司法サービスへのアクセス向上支援、現行法改正、土地や資産の所有権を巡る係争専門の裁判所設置等に取り組みました。

[30]  United Nations. 2020. Where we work (https://peacekeeping.un.org/en/where-we-operate). Accessed 11 Aug 2020.

[31]  United Nations. 2004, 5.

[32]  例えば、リベリアでは国連リベリアミッション(UNMIL)がQIPとして刑務所や裁判所の建設、必要機材の供与、法曹に対する研修等を行いました。詳しくは The Quick Impact Projects (UNMIL)をご参照ください。(https://unmil.unmissions.org/quick-impact-projects-qip)

[33]  例えば、UNDPは移動式裁判所プロジェクトを通して地方の住民に対する司法サービスへのアクセスを支援、UNODCは刑事司法分野を中心に司法改革や被害者支援等、UNICEFは子どもの権利の促進や子どもを暴力、虐待、搾取等から保護するための法律の見直しや改正に係る技術的支援を実施してきています。

[34]  OHCHR, 8.

[35]  Hurwitz, Agnes. 2008. “Beyond Restitution: Housing, Land, Property, and the Rule of Law.” In Civil War and the Rule of Law: Security, Development, Human Rights, ed. Agnes Hurwitz and Reyko Huang, 195. Colorado: International Peace Academy.

[36]  Ibid, 201.

[37]  国連食糧農業機関 (FAO) は農村地域の住民による土地へのアクセス向上を含む土地改革支援、国連人間居住計画 (UN-Habitat) は居住権や借地借家権の安定に関する法的及び技術的支援、国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) は難民帰還後の再定住支援の一環でHLP関連支援を実施していますが、より一層の支援が必要とされています (Ibid, 204-205)。

[38]  UNDP駐日代表事務所 (2020) 持続可能な開発目標 (https://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sustainable-development-goals.html)