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日時

2018年5月24日(木)13:00~15:00

場所

消費者委員会会議室

出席者

【委員】
鹿野座長、池本座長代理、高委員長、樋口委員、山本委員
【オブザーバー】
大森委員
【説明者】
同志社大学大学院司法研究科教授 松本哲治氏
京都大学大学院法学研究科准教授 カライスコス アントニオス氏
【事務局】
黒木事務局長、福島審議官、丸山参事官

議事次第

  1. 開会
  2. 有識者ヒアリング
  3. 閉会

配布資料 (資料は全てPDF形式となります。)

  • 議事次第(PDF形式:53KB)PDFを別ウィンドウで開きます
  • 【資料1】 消費者法と憲法(松本哲治教授資料)(PDF形式:171KB)PDFを別ウィンドウで開きます
  • 【資料2】 EU 消費者法における民事・行政・刑事的執行の位置づけおよびフランス消費者法におけるその連携(カライスコス アントニオス准教授資料)(PDF形式:211KB)PDFを別ウィンドウで開きます

    ※ 【資料2】については、2018年5月27日(WG終了後)、提出者より一部修正が行われました。

≪1.開会≫

○丸山参事官 委員がおそろいですので、会議を始めさせていただきたいと思います。

本日は、皆様、お忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。

ただ今から「消費者法分野におけるルール形成の在り方等検討ワーキング・グループ」第3回会合を開催いたします。

本日はオブザーバーといたしまして、消費者委員会から大森委員に御出席をいただいております。

議事に入ります前に、配付資料の確認をさせていただきます。

お配りしております資料につきましては、議事次第の下部に一覧を記載しております。資料1及び資料2となっております。

不足の資料がございましたら、事務局までお申し付けいただきますよう、よろしくお願いいたします。

それでは、鹿野座長、以後の議事進行をよろしくお願いします。


≪2.有識者ヒアリング≫

○鹿野座長 それでは、本日の議題に入らせていただきます。

このワーキング・グループでは、消費者法分野におけるルール形成の在り方について、今後のグランドデザインを描くべく、関係各方面の専門家の方々にお越しいただきまして、お話を伺い、あるいは意見交換をしているところでございます。

本日はその重要な論点のうち、契約自由の原則と消費者の権利及び海外の法制度について御意見を伺うため、参考人としてお二人の方にお越しいただきました。

お一方は、同志社大学大学院司法研究科教授の松本哲治様。そして、もうお一方は、京都大学大学院法学研究科准教授のカライスコス アントニオス様であります。

会議前半には松本教授から御説明をいただいた上で意見交換を行い、会議後半にはカライスコス准教授から御説明をいただいて、意見交換を行うことを予定しております。

それでは、まず松本教授から契約自由の原則と消費者の権利の検討に関連して、消費者法と憲法の観点からお話をいただきたいと思います。

松本教授の御専門分野は、憲法でいらっしゃいます。消費者法分野におけるルール形成の在り方を考えるに当たっては、消費者の権利が憲法上の諸権利とどういう関係にあるのか、特に憲法に基礎を置くとされているところの契約自由の原則や、あるいは憲法上の経済的自由権の1つと言われているところの営業の自由とどのような関係性を有するのかということについて、整理をすることが重要であると考えております。

また、消費者契約法など消費者保護を目的とした立法の存在が、契約自由の原則や営業の自由との関係でどのように理解されるのかなどについても整理をする必要があります。そこで、これらの点につきまして、松本教授から御示唆をいただきたいと思っております。

松本教授は「経済的自由権に関する判例と立法の展開」などの諸論文を発表されているなど、本分野について非常に造詣の深い方でいらっしゃいます。

それでは、松本教授、20分程度でまずはお話をいただきますよう、お願いいたします。

○同志社大学大学院司法研究科教授松本哲治氏 ただ今御紹介をいただきました松本でございます。

今、御紹介いただいたのですが、あらかじめお断り申し上げておかなければいけないのですけれども、確かに私はこの分野に関係する判例の評釈などを「判例百選」などで担当している関係で、本日お声をおかけいただいたようですが、「判例百選」というのは憲法の分野では非常に特殊な機能を持っている書物でございまして、大体マスメディアから憲法学者にアンケートが来るときに、誰にアンケートを出すのか決める本になっておりまして、テレビ朝日から集団的自衛権について御意見をとか、読売新聞から憲法改正について御意見をという封筒が来ると、何で私に送ってきたのだろうと思うと、「憲法百選」に載っていたからと書いてあることがあるのですが、「憲法百選」にはこういうワーキング・グループの公述人を決める機能もあったのかと今回、発見をしたところでございます。

確かに職業選択の自由とか財産権について書いてきてはおるのですが、私は消費者法について専門的に勉強したことはございません。また、そもそも私法の諸科目に関しては法学部を卒業するためだけに勉強したというレベルに尽きておりまして、この場にこれまでに、あるいはこれからお座りになる先生方とは全く素養が異なるという点については、御容赦を願えればと思っております。この機会に私のほうが勉強させていただければと思っているところでございます。

また、本日は後ほど基本的人権の私人間効力という話が出てまいりますが、これは主としてドイツの判例、学説の影響を受けての議論が近年、学会で盛んになっているところでございます。私は主としてアメリカを比較法の対象として勉強しておりますので、特にドイツ理論に詳しいわけではございません。本日、山本委員が御在席でいらっしゃいますが、恐らく委員が行政法の御研究の片手間に御覧になっておられるほうがお詳しいであろうと思われるところでございまして、この点も御容赦を願いたいところでございます。

このような限界があるわけですけれども、お尋ねのような点について憲法学界ではどのようなことが考えられているのだろうかということをお話させていただくことが中心になろうかと思っております。

憲法では二重の基準論ということを申すのでありますが、表現の自由とか、思想・良心の自由とか、選挙権というようなことについて研究をされるのが普通といいますか、花形の憲法学者のスタイルでありまして、経済的自由権を修士論文に選ぶという時点で、既に平均値を逸脱しているというのが学会の中ではあるのかなというところもあります。先行研究と違うことを言おうと思うから研究分野を選択するという側面が若いときの研究者にはありますので、自分のそういうゆがみも少し自覚しながらお話をしたいと思っております。

以下、基本的にレジュメに従ってお話をしたいと存じますが、一のところですが、今回、このワーキング・グループが設置されている御趣旨は、消費者法分野におけるルール形成の在り方等についての検討をされるということでございますが、ウエブサイトに載っている検討事項のイメージなどを拝見しますと、一見するところでは憲法との直接の関係は希薄なようにも見えました。ただ、いろいろ伺ってまいりますと、御依頼をいただいた御趣旨としてはそこに少し書いてございますが、様々な審議の中で営業活動を委縮させるなというような意見も出るけれども、契約の自由とか営業の自由と消費者の権利との関係はどうなっているのかということに御関心があるようで、具体的にはそこにマル1、マル2、マル3と書きましたように、消費者保護を目的とする立法が事業者の権利との関係で違憲となり得るのか、あるいはこの問題を私人間効力の問題として考えることができるのか。そして、その場合はどのような要素を考慮するべきなのかということについて御関心がおありだということのようでございます。

そこで、この3点についてお話をすることにさせていただきたいと存じますが、第1の点、消費者保護を目的とする立法が違憲となり得るかということについて考えるために、最高裁判所の判例で消費者契約法についての憲法判断が示されている事件について、確認をしておきたいと存じます。

初めのものは、平成18年の第二小法廷の判決です。本日、委員の皆様にこの判例についての御紹介をする必要はないとも思われますが、これは同じ日に第二小法廷が下した入学金等に関するものでございます。私は同志社大学の入学主任というものをやっておりまして、この件に関しては完全に事業者側ではないかという御疑問があり得るところかもしれませんが、御容赦願いたいと存じます。

この事案では、消費者契約法の9条1号が損害賠償額の予定などの条項について、その額が同項に定める額を超えるものは、当該超える部分について無効であると定めていることの合憲性が問題となりました。最高裁判所は、平成14年の証券取引法についての大法廷判決を引用しつつ、財産権の規制が是認されるかは規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考慮して判断すべきものであるとした上で、消費者と事業者との間には、その有する情報の質及び量並びに交渉力の格差が構造的に存在し、消費者と事業者との間に締結される契約を双方の自由な交渉に委ねるときには、上記のような格差から消費者の利益を不当に侵害する内容の契約が締結されるおそれがあるとして、消費者が不当な出えんを強いられることを防止するとの目的は正当であると判断しております。

そして、レジュメですと2ページ目の2つ目の「・」が手段審査のところとなりますが、手段につきまして損害賠償の予定等を定める条項を全て無効とするのではなく、平均的な損害の額を超える部分を無効とするにとどまるものであり、目的達成のための手段として必要性や合理性を欠くものであるとすることはできないとして、合憲との判断をしているところでございます。

もう一つの事例は、2ポツですが、平成23年の第二小法廷の判決で、これは共同住宅の一室の賃貸借の契約について、更新料の支払を約する条項が消費者契約法10条1項に違反しないとしたものでございますが、御承知のようにこれは京都の事例でございます。私は京都で長らく学生をやっておりまして、更新料を何回も払っていますので、先ほどのものと合わせるとちょうど中立なのかなと思いますが、それはともかく、こちらの判決は極めて簡単なものでありまして、憲法判断は極めて簡潔なものでありまして、証券取引法の大法廷判決と先ほどの学納金の判決を引用して、消費者契約法10条が違憲でないことは先例の趣旨に徴して明らかであるとしているのみでございます。

検討のほうにまいりたいと思いますが、以上の判決について幾つかコメントをしておきたいと存じます。

まず1ですが、ここでの問題の性質でございます。財産権保障の問題については、例えば東京大学の宍戸先生の教科書などでは、第1に立法による内容形成とその限界の問題。第2に立法により形成された法律に基づき、私人が取得した権利の保障の問題。第3に財産価値の保障の問題。3つに区分することができるという風に説明がされております。

ここで問題になっている話は、場合によっては2番目の、取得された権利の保障の問題となり得るのでありましょうが、基本的にはマル1の内容形成の問題になろうと存じます。

2番目に、この分野でどういう先例があるかということになるわけでありますが、今も触れましたように、証券取引法の大法廷判決以降は、これを先例とするということが広く行われています。もともとは森林法の違憲判決という昭和62年の判決がそこに掲げてございますけれども、過去にはそれがあるのですが、証券取引法の大法廷判決が引かれるというのが現在は流れということになっておりまして、消費者契約法についても同様だということになり、その上で目的の正当性や必要性、合理性が検討されているということになっています。

先ほど(1)のところで、ここでの問題はマル1の立法による内容形成の問題だとお話をしましたが、内容形成ということになりますと、法律が作ったものが違憲になることはあり得ないという議論もあり得るのかもしれませんが、そのように考えないとすれば、どこを基準点、どこをベースラインとして違憲審査をするのかという問題がございます。

先ほど見ました森林法の違憲判決の事件では、民法上の共有分割請求権が近代市民法における原則的所有形態である単独所有への移行の手段だと位置付けられ、これを制限している規定が憲法違反だと判断されています。消費者契約法につきましても、民法上の原則を変更している場合には、基本的にこれと同じ構造で問題を捉えられるのでなはいかと考えております。

ただ、このように申し上げるのは、民法典が当然に中立的な基準になるという趣旨では必ずしもありません。今回の債権法の改正では、必ずしもそのような改正は行われなかったようでありますが、消費者法的な要素が民法典に取り入れられるというようなことがあれば、民法典の中に基準になるようなものと、基準を変更しているものが入っていて、それを区別するということが必要になってくるはずであります。また逆に、これは、私は詳しくありませんが、もしかすると消費者契約法の規定の中に本来、民法典において普遍的な規定として扱えるものが入っているのだという議論も、可能性としては少なくともあり得るのかなと思っております。

レジュメの(4)で必要性、目的と書いてあるところに進みますけれども、判決は事業者と消費者との間に構造的に存在する情報の質及び量並びに交渉力の格差に言及をしています。これは消費者基本法や消費者契約法の目的規定とも対応をしています。消費者法というものの範囲は恐らく幅広いものであろうと存じますが、ここではこのような構造的な格差に対応しようとするものを念頭に置いて消費者法と捉えることにしておりますが、このような観点から民法の原則を修正する立法についての違憲審査が、ここで取り上げた判例では問題になっているということになります。

そうだといたしますと、最初の御質問ですが、消費者保護を目的とする立法が違憲となり得るのかということについては、やはり手段としてやり過ぎれば、それはなり得るのだと。つまり是正しようとしている構造的格差に対応する以上の手段を用いれば、それは違憲となり得るということであろうと存じます。これは具体的な事例についての判断は分かりませんが、例えば学納金で問題になった規定について言えば、判例も少し言及しているように、損害賠償の予定等を定める条項を全て無効とするという手法が取られれば、現行法よりはより問題になり得る規定だという評価を受けるのかなというところでございます。

ただ、6番目に、問題はその際にどういう審査の厳しさ、審査基準というものが用いられるかということでありまして、判例を見る限りでは、それほど厳しい審査が行われるということにはなっていないものと思われます。選挙権や表現の自由や集会の自由の制限が問題になったケースなど、そこに並べてありますけれども、それと比べれば緩やかなものだということになりましょうし、あるいは薬事法違憲判決というものが掲げてありますが、職業選択の自由について消極目的での薬局の開設の距離制限が違憲とされた事例であります同判決の場合と比べても、恐らく緩やかな審査が行われていることになるのだろうと思われるところでございます。

ただ、経済的な自由、職業選択の自由の規定につきましては、そこに掲げてあります小売市場の事件というものがございます。小売市場の事件では積極的な社会経済政策のための立法については、手段が著しく不合理であることが明白でない限り違憲ではないとされております。これと比べれば厳しい審査が取られているというのが判例の立場かなと思われるところでございます。と申しましても、一般に二重の基準論によれば、経済的自由については違憲を主張する者に論証責任があるとされており、そのルールの下で必要性と合理性が検討されることになっております。もちろんそういう中で森林法のように違憲判決はあるわけですし、そこに郵便法の違憲判決を掲げてございますが、郵便法は財産権、職業選択の自由についての違憲判決ではございませんけれども、同じような審査基準を使っているのではないかと思われる枠組みの中で、損害賠償の制限が違憲とされているという例がございます。このような点については留意をしておく必要があろうかとは思います。

具体的な消費者法についての立法の案について、憲法の観点から見たらどうかということを検討する御用意は、私のほうには差し当たりないのでございますが、構造的な格差を是正すると言いつつも、例えば具体的に取られている手段が役に立たないものであるとか、かえって有害だとか、やり過ぎだというようなことが示されて、必要性、合理性が肯定できないということが違憲性を主張する者によって論証されることになれば、裁判所としては違憲だと判断することがあり得ることになっているのかなと理解をしているところでございます。

7番目のところでは、今、触れました小売市場の事件について少し考えておきたいと存じます。ただ今見ましたように、小売市場の事件というのは非常に緩やかな審査基準を定立しています。憲法学界の中での議論では、小売市場の事件について余り緩やかに捉え過ぎるのは図式的でよくないのではないかという議論もございますが、しかし、著しく不合理であることが明白でない限り違憲と言わないというのは、相当緩やかな文理であることは否定ができず、また、実際にこの判決を先例としている違憲判決は存在していないわけです。そうしますと、幾つか考えておくべき問題があるように思われます。

まず1つは、積極目的だということになれば、財産権についても小売市場の事件は職業選択の自由についての判例なのですが、財産権についても同様の緩やかな審査が行われることになるのではないかという議論があり得ます。そういう最高裁の判例があるわけではないのですが、たまたまそういう事案が最高裁に係っていなかっただけではないかというような議論があり得ます。しかし、この点についてはやはり財産権と職業選択の自由は違うというのが判例の理解ではないかと思われますし、今日で多くの学説がそのように考えているのではなかろうかと思います。

次に、職業選択の自由の問題だという風に考えるとして、消費者保護法も積極目的だということで、小売市場の判決が先例となるのではないかという問題があります。判例は先ほど見ましたケースが消費者契約法について29条の審査を小売市場的なものではない形で行っているわけですから、そうではないのだということを一応言えるということにはなる。仮に22条では緩やかな審査が行われることになっても、29条の問題になれば判例のような審査をパスしないと合憲とは言えないということになるのだと思われますが、問題は基本的には22条の問題ではないかと思われるような消費者法的な規制を行った場合にどのように考えるかということでありまして、これも適切な例が必ずしも思い浮かばないのでありますが、例えば特定商取引法的な規制として、訪問販売を拒絶する意思を示している家庭への訪問販売を全面禁止するというような立法が採られたというものを想定した場合に、これは職業選択の自由の問題だと考えられる余地があります。これが消費者という弱者保護の積極規制だから、著しく不合理であることが明白でないときに憲法違反にはならないということになるのかという問題があり得るのかなと思うわけです。余り断定的なお答えは用意していないのですが、そうなのかもしれません。そのように考えるべきだという憲法の先生方もおられるのではないかと思います。

ただ、社会経済政策や弱者保護が積極目的だとされてきているのでございますが、果たして消費者法による規制というのが、そこで言っている意味での積極目的と言い得るのかどうかということを考える必要があろうと思います。見解の分かれるところかと思いますが、ある意味での弱者保護には違いないのかもしれないですし、機能として重なる場合というのもあるのかなと思いますが、しかし、労働者の保護とか経済的な困窮者の救済というものと消費者保護というものが同じかというと、それはちょっと違うのではないかと思われます。誰であっても、どのような境遇にあっても、事業者から個人として商品を買うときには消費者だという側面が消費者問題にはあります。

また、小売市場の緩やかな判断基準の背後には、学説が一般に指摘するように機能論的あるいは権限分配論的な観点があるとされています。つまり、実体的に正しいか正しくないかとか、違憲か違憲でないかということだけではなくて、裁判所にとって十分な情報をもって判断できる領域なのかそうではないかという観点がある訳です。古典的な不法行為や自然犯的な刑法犯のような事案の審理というのは因果関係も直線的で、裁判所にとっては得意な分野だということになりますが、福祉国家における国民経済的な発展とか富の再分配の問題というのは、どういう規制を行うとどういう結果が生じるかという因果関係も直線的にはたどりにくく、中心の多い、多中心的な問題でありまして、裁判所には手に余るという観点であります。

その意味では、民法のルールをどう修正するかという議論から出発してくる消費者法の問題については、少なくとも裁判所はむしろ習熟していることができて、また、裁判所も自分たちは習熟していると思っているのではないか。森林法で共有分割制限が問題になったときのような感覚で捉えているのではないかという気もいたします。

錯誤とか詐欺についての民法のルールがどうなっているか。それにどういう修正を加えるかというのは、元来、積極目的というよりは消極目的の議論の中での話なのではないかという気がいたします。その意味では必ずしも小売市場で緩やかな審査だということには、仮に22条の問題だと捉えてもならないのではないかとも思うのですが、必ずしも確信があるわけではありませんし、また、今のような説明が消費者法として問題になり得る全てのケースをカバーしているのかというと、その点についても別途考える必要があるのかなと思っております。

7番のところの話が長くなりましたけれども、8番ですが、事業者の自由の根拠条文ということについて、今、22条の職業選択の自由か29条の財産権でというお話をしてまいりましたところ、判例でも、後ほど出てまいります三菱樹脂の事件などでは22条、29条に言及をして、契約締結の自由ということに触れているものがあるところでございます。これに対して契約の自由については、13条の問題だという御主張が学説上、出ているところでございます。そして、判例も余り詳しく分析をしているとは言い難いのですが、NHKに関する大法廷判決が放送法64条1項について契約の自由、知る権利及び財産権等を侵害し、憲法13条、21条、29条に違反するという主張がございますところ、これを取り上げて適正・公平な受信料徴収のために必要だということで憲法違反ではないと判断したものが出ております。この判決が当事者の主張をリピートして、それを否定した。違憲の主張を否定したということ以上に、権利の内容についてどの程度の意味を持つものかということはよく考えないと分からないところがございますが、13条で話が出てきているということは判例上もあります。

確かに少なくとも契約で問題になる事象が経済的活動に限られるわけではないのだということは、論者が指摘されるところでありますが、そのとおりでありまして、憲法学説も対応を考える必要があるだろうと思います。ただ、13条が契約の自由の基礎になるのだとおっしゃる立場は、ほぼ特定の個人を念頭に置いているわけですが、一般的自由説の立場と結び付いている。13条の保障範囲を非常に広く捉える立場と結び付いている場合がありまして、それは果たしてそうなのかなということは、分けて考える必要があろうかなと思っているところでございます。

1番目の話が長くなってしまったのですが、以上で大体その話を終えたことにさせていただきまして、続いて課題の2点目、私人間効力の問題として議論することができるのかということについても簡単に触れておきたいと存じます。

私人間効力については、三菱樹脂事件の最高裁判決が先例であります。レジュメのほうは長い引用になっておりますが、引用の終わりの数行のところでございますけれども、判決は自由権的な基本権規定の私人間への適用、類推適用を否定した上で、次のように述べています。すなわち、私的支配関係においては個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害又はそのおそれがあり、その対応程度が社会的に許容し得る限度を超えるときは、これに対する立法措置によってその是正を図ることが可能であるし、場合によっては私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって一面では私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのであるということであります。

この判示につきましては、憲法学での議論状況となりますが、結局、一般条項の運用で十分だと言っているようにも読めますので、私人間効力が憲法の基本的人権が私人の間でも効力を持つかと言われると、ないと言っているに等しい。無効力と言っているに等しいのだという風にも評されますが、一般的には間接効力説を採っている。憲法が間接的に効力を持っていますよと言っているのだと理解され、学説上もその受け止め方が通説になっているというところがございます。しかし、それがなぜ間接効力なのかということについて関心が持たれて、そこからドイツの保護義務論への参照がなされ、しかし、伝統的な通説は保護義務論に対して激しく反発をして…ということで、学説が華々しく議論をしているというのが現在の状況でございます。

ただ、3にまいりますけれども、三菱樹脂事件において企業の自由が社会的な力を利用して労働者の思想・良心の自由等に影響を与えるのは問題であって、特別の制定法があればそれによって、それがなければ少なくとも一般条項で保護されるのであり、それは憲法とは無関係なことではないという基本的な枠組みを前提に考えているということは指摘できようかと思います。これが共通の枠組みだということになりますと、この文脈に消費者保護法が乗るのだということになれば、私人間効力の問題として議論できるのだということになるのかなと思われるところであります。

その際、考える必要があるのは、三菱樹脂事件で問題になっていたような労働者の思想・良心の自由というものに相当するのは何かということであります。つまり、これまで何度か触れた構造的な格差を是正するということを立法目的と考えた場合に、その中身は消費者の基本的人権だと捉えることができるとすれば、それについての私人間効力の問題だということになるのかなというわけであります。それは当然、消費者の契約の自由ということになるわけでございますが、ここで出てくる消費者の契約の自由というのは、そういう契約の自由が構造的な格差を是正した形で行使できないという話になっているはずでありまして、三菱樹脂事件で労働者の思想・良心が企業から圧迫を受けてはいけないと言われていた話とは、少し文脈が異なっているように思われます。それは強い者との関係で、適切な情報を提供された上で決定できるのでなければならないというような意味での契約の自由というものが観念されているのではないかと思われます。

この構造は、むしろ生命・身体についての自己決定権について、医療者と患者との間で問題にされるインフォームド・コンセントの法理と類似しているのではないかと思われます。ここでの自由の理解は、単に消極的なものではなくて、むしろ積極的な自律としての自由というものに転換しているように思われます。消費者基本法2条を拝見すると、消費者が自らの利益の擁護及び増進のために、自主的かつ合理的に行動することができるよう消費者の自立を支援するという表現がございますが、このような理解と親和的なものであるように思われます。

このような消極的な自由から積極的な自律への契約の自由の理解の転換というのは、憲法上の権利の保障の範囲を拡大すると申しましょうか、あるいは質的な変化を伴うことになりますので、そのように考えていいのかということについては、よく考える必要があろうと思います。医者のような専門家の有利と事業者の消費者契約における有利とが等置、同じように評価できるのか。あるいは生命・身体というような重大な法益についての自己決定という場合と、そういう限定のない契約の自由の場合と同じように考えることができるのか。インフォームド・コンセントは身体への侵襲的な行為の前提として同意が求められているという文脈のものでありますが、これが契約の自由の場合についても同様ということになるのか。そういうことについては検討する必要があるのだろうと思われます。

ただ、自己決定権について以上のような積極的な自律、理解を取ることは言わば自明視されているところであって、それを拡張することについて問題ないということであれば、そういう意味で消費者保護を目的とする立法を私人間効力の問題として議論することができるということになろうかと思います。

最後に、そのように考える場合にどういう考慮要素が考えられるかということなのでありますが、三菱樹脂事件の続きの部分がそこに引用してございますけれども、事業者の側の基本的人権とともに、消費者の以上のような意味での契約の自由等を考慮することになりますが、判決はこれについて統治行動の場合と同一の基準や観念によって、これを律することができないという点を指摘しているところでございます。

関連して幾つかコメントを申し上げておきたいと思いますが、まず1つには上で述べたことに重なりますけれども、統治行動とは異なる。つまり政府は人権主体ではありませんけれども、事業者は人権主体でありますので、構造的格差の是正と言おうが、積極的な契約の自由の保護だと言おうが、言わば上限はあるはずで、やり過ぎれば違憲だということになろうと思います。この点、社会権との関係では、社会権を実現するために経済活動の自由を規制する場合には、許される制限に上限はないのだと。それが小売市場の判決が言っていることなのだというような見方もあります。

確かに生存権、これは健康で文化的な最低限度の生活の保障でございますが、税金を財源として生活保護を行う場合に、支給額を上げると憲法違反という事態が起こるかというと、それはさすがに起こらないだろうと思いますが、しかし、誰かの自由を制限して実現するという形で問題が出てくる場合には、それは少なくとも理論的には限界はあるだろうということになります。冒頭申し上げたバイアスの話になりますが、こういうことを言う憲法学者は余りいないので、私は偏っている憲法学者なのだろうと思いますけれども、しかし、それはそうなのだろうなと思います。その話は契約の自由を実質的に、積極的に保障しましょうという話になっても、同様なのかなと思います。

もう一つは、逆に消費者保護立法が義務付けられる場合があるのかということについても考えておく必要があろうかと思いますが、これは少なくとも三菱樹脂事件の判決文から直接は出てこないだろうと思います。ただ、一般条項をどう読むべきかというときに、間接的に憲法上このように読むべきことが義務付けられているという話になりますと、私人間効力で考えるのであれば、ないとは言い切れないだろうと思います。

ただ、それで具体的に消費者法の例を出せと言われると、私のほうが不勉強ですので今、少し触れました社会権の議論について参照しておくにとどめたいと思いますが、社会権の場合、抽象的には権利だという風に言えても、具体的に裁判で争って一定の主張を通すことは基本的には難しいです。もし生活保護法が全然なければそれは違憲でないかと言われれば、それは違憲だということにならざるを得ないわけですが、現在のようにある程度、生活保護が制度化されている場合に具体的に違憲だということがあり得るのかと言うと、最高裁判所が違憲だというふうに判断した例はありません。それはけしからんと批判するほうが憲法学界では一般的なのかもしれませんし、私も社会権についても本当のコアの部分は権利として保障されていると考えるべきだと思いますが、そういう部分が欠けているとされた判例があるわけではないという状況だということが参考になるのかなと思っているところでございます。

散漫なお話になってしまって恐縮ですけれども、とりあえず私からは以上、申し上げさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

○鹿野座長 ありがとうございました。

それでは、ただ今の御説明を踏まえまして御質問、御意見等のある方は御発言をお願いします。

○池本座長代理 非常に貴重な御報告をありがとうございました。

私は特定商取引法という訪問販売とか通信販売とか、そういった分野の法律について、これまでの法改正の流れなども少し見てきています。例えば迷惑メールとよく言われる電子メールで広告を送ることについて、1900年代は、広告を送るというのは、例えばチラシ広告でもダイレクトメールでも自由にできますが、迷惑メールというのが社会問題になって、2002年に、拒否者に対する再送信を禁止するという議論で、消費者の拒否の意思表示と、その人へ更に広告を見てくれと送ることがどうかという価値の対立の中で、拒否者に対する広告メールの送信禁止というものが先に入りました。しかし、実はほとんどそれは実効性がなくて、逆に拒否しますというメールを送ると実在アドレスだということを証明することになり、それが集められてどこかへ使われて、余計迷惑メールが来るということが数年続いて、2008年には、事前の承諾のない者に対しては、広告メールは原則として送ってはいけないという非常に厳しい規制が入りました。当時、インターネットの業界などで営業活動上の制約だという反対の意見も議論の中にはあったのですが、特に拒否者に対する広告メール送信規制というのは実効性がない、むしろ逆にそれが余計迷惑メールが来ることを誘発することになるという事態があって、原則禁止というものが入りました。

2年ほど前に、今度は電話勧誘と訪問販売の世界でこれからどうするかということが議論されました。電話勧誘販売については20年以上前に拒否者に対して再勧誘禁止、つまり電話勧誘については拒否したらそれ以上勧誘してはならないというのが早くに入っていたのですが、残念ながら電話勧誘販売のトラブルは余り減っていない。訪問販売については確か2008年でしたか、電話勧誘と同じレベルで拒否者に対する再勧誘あるいは継続勧誘を禁止するというのが入っていた。2年前の議論では、一足飛びに広告メールのように事前承諾がない限り訪問勧誘、電話勧誘をしてはいけないという形ではなくて、事前に拒否の表明を例えば書面でする、あるいは何か登録制度にするというふうにした場合には、その者には勧誘してはならないという言わば拒否の仕方を、対面して口頭で勧誘が始まった場面で拒否したときとするのか、事前の拒否制度が作れないかという議論があったのですが、なかなか訪問販売とか電話勧誘販売というのは一定の営業の実態として存在が広がっているということもあって反対意見もあり、導入されなかった。

そこでお伺いしたいのですが、消費者の主体的な意思形成ということと、営業の自由というところで広告メールのように原則禁止というところまでいくと、これはかなり2つの利益衡量の問題も一段違うのかなと思うのですが、個別に私には電話しないでくれとか、そういう意思表明があった人に対してそれ以上送ってはいけないという、その場合の利益衡量は何と何の価値判断になるのか。その辺りで違いがどう出てくるのかというところの御意見をお伺いできれば幸いです。

○同志社大学大学院司法研究科教授松本哲治氏 特定商取引法的な訪問販売的なものの規制について、途中、例で触れるところがございましたけれども、例に触れた趣旨はそういうものだと積極目的で小売市場でほぼ手段審査はフリーパスということになるのかな、それは違うような気がするなということにとどまるのでございまして、その種の規制についての何か特定の立場を私が自説として示そうというようなことで申し上げているのではございません。ただ、私の感覚としては、まず本人が嫌だと言っているものに対して営業をする自由なんていうものが憲法上、保障されている、もちろんそういう営業の自由は憲法上の権利には入っているのだろうと思いますけれども、本人が嫌だと言っているのだったら行かないでくださいねというのは当然に許容されるだろうと、私自身は直感的に思っています。

むしろメールのような技術的な状況でそういう状況とは異なっている場合については、そもそも同意がなくても、迷惑メールみたいなものは一定の規制ができるということが必要だという風に政府としては説明をされているという状況なのかなと思うのですが、座長代理の御質問の関心とかみ合っているのかかみ合っていないのかが私のほうで自信がないのですけれども、おかしなところがあればもう一度、御確認をいただければと思います。私はそういう趣旨での例で、個別具体的なことに関しては、今の程度のことを考えているのみでございます。

○鹿野座長 よろしいですか。他にいかがですか。

座長を務めておきながら自分が質問をするというのもはばかられるのですが、1つ伺わせてください。

今日のお話の中で民法と消費者法についても言及をしていただきました。私はもともと民法を専門としているものですから、その点で少し伺いたいと思います。

まず1つ、民法の基準とそれを変更するものというような言い方をされたところがあるのですが、私は、民法典の中でも契約自由一辺倒というわけではなくて、格差是正を基礎付けるような規定ないし考え方というのは内在しているのではないかと考えているところです。特にそれが具体的な形で出てくるのは一般条項で松本教授も引用されていたような1条とか、あるいは90条のような規定だろうと思いますけれども、他の規定でも少し解釈の幅があるようなものにおいては、その中で当事者の経験や専門性など属性を考慮するというようなことが、行われてきたのではないかと考えているところです。

そこで、そのようなことを考えると、消費者分野の民事法のルール、例えば消費者契約法の規定などを設けるということが、全て基準を変更するような位置付けになるわけでもないのではないかという気もしてきます。更に翻って考えると、そもそも契約自由の原則というのは憲法にも基礎を置いていると言われており、また民法の大原則と言われているのですが、それは何も形式的な自由ばかりを意味するものではないのではないか。そしてむしろ消費者契約法では、形式的な自由によって生じるところの不合理な結果を是正して、より実質的な契約自由を回復しようというような側面が、全てそうだとは言いませんけれども、そのような面があるのではないかという気がしておるのです。松本教授の憲法の観点から言うと、そのような考え方というのはどのように捉えられるかということを教えてください。

○同志社大学大学院司法研究科教授松本哲治氏 今回、消費者法について何か話をしなければいけない羽目になって、慌てて何冊か本を買い込んで勉強した中に、何回も座長のお名前を拝見しておりますので御業績は一応、承知しておるつもりでございます。

また、慶應大学の先生方がこの点に関しては様々に議論を展開されているところで、小山先生もそうですし、私もまだ十分勉強できていないのですけれども、水津先生ですかね。お若い先生ですけれども、正に今、座長がおっしゃられたような観点だと思うのですが、要するに民法典の自由というのはそんなに自由放任の自由なのか。

中で森林法の分割請求の事件に私は触れましたけれども、森林法の事件は共有分割制限というものが民法の原則である、近代市民法の原則的所有形態である単独所有への移行を妨げている。だからそれは正当化できなければ違憲である。正当化できないから違憲だと言っているのだけれども、そもそもそんな共有制限について単独所有への移行が原則だということを考えるのが、今日の共有法についての民法学者の合意として言えるのかという趣旨のことをおっしゃられていて、なるほどなと思って拝見をしております。

少し申し上げましたけれども、消費者契約法の中にあるものも民法の中にむしろ普遍化されるべき要素があるのかもしれないのではないか。それから、民法の中にあっても純粋な意味での契約の自由そのままでない規定があるのではないかというのが両面あるのだろうと思います。それはそうなのですが、一方で森林法判決的な理解にある種の親近感というか重要性を感じるところがあるのは、ベースラインとか基準点というふうに申しましたけれども、違憲審査が必要になるというのはどういう場合なのかというときに、自由なものがあるけれども、制限されているから正当化できるのかというふうに考えるというのが普通の自由権な場合のわけですけれども、財産権の場合はそれだけではいかないところがあって、一番極端な立場を取れば、民法が作っている、つまり民法を含めて法律が作っているものが財産権で、そもそも法律が財産を制約するなんて考えるのが背理だと。内容形成という考え方を徹底すればそうなるのだと思うのですが、それはちょっと、私は違和感があるなと思っていて、森林法的な意味でのこれが制約されているからみたいなものを29条1項から出てくるようなものを持っていないと、違和感があるなというので少しその点を強調したのが、民法ってそんな自由ばかりではないですけれどもという御指摘を呼んでいるのかなと思うのですが、最終的にいろいろあった結果、自由一辺倒でないものができているとしても、基になっている考え方みたいなものとして自由な財産権みたいなものがやはりあるという発想自体は、森林法違憲判決的な違憲審査が機能するためには本来、必要なのではないのかなという感じを私は持っています。

ただ、今の点は本当に先生方の意見がばらばらに分かれているところだと思いますので、それこそ小山先生であれば人格との関係で考えればいいのだというふうにおっしゃるのでしょうし、私は人格ということに絞って財産を考えていくのは昔の大きな財産、小さな財産みたいな感じがしてちょっと違和感を覚えたりもしているのですけれども、ただ、そういう関心から申し上げているということでございます。答えがいろいろなところに散漫になってしまいましたが、ひとまずそういうお答えを申し上げておきたいと思います。

○鹿野座長 ありがとうございました。

他にいかがでしょうか。山本委員、お願いします。

○山本委員 1つは御質問で、もう一つは雑ぱくな感想のような感じになってしまうのですけれども、1つはこういった消費者保護のための契約の規制の合憲性みたいな話について、アメリカでいろいろな例があるのか私は全然存じないので、その点もし何かあればお伺いしたい。

もう一つは雑ぱくな感想のようなものになってしまうのですけれども、契約の内容形成に関して事業者の基本的人権ということで一体、何が想定されるのか。ここでは営業の自由とか財産権という話が出てきているのですが、確かに考えてみると一体どこに当てはめるのが一番、物事の性質を捉えているのかというのがよく分からなくなってきて、契約というのは当然コミュニケーションの要素もありますね。後のほうで医師と患者との間のインフォームド・コンセントの話も少し出てきましたけれども、それも一種、コミュニケーションの在り方の問題ですので、その辺りの事柄まで捉えて契約の内容であるとか、手続の規制が行われる際の事業者の自由というものを憲法上、位置付けるとするとどこになるのかというのが、話を伺っていてますますよく分からなくなってきてしまったということと、消極目的なのか積極目的なのかという規制の目的に関しても、これもどういうふうに位置付けたらいいのかというのがよく分からなくなってきたというか、消極目的というのは典型的には言わば誰でも得られるような利益ですね。それによって誰もの生命、身体とか何かが保護されるといったような状況が想定されていて、積極目的というとある程度、特定の利益を保護するというようなことが想定されているのかと思うのですが、お話の中にもありましたように、消費者保護というのは誰でも消費者になる可能性があるものであって、これが典型的な積極目的、消極目的論のどこにどういうふうに位置付けられるのかということがいろいろ考えると難しいなと思いましたという、これは感想程度ですけれども、非常にその点ではお話を伺って私自身も勉強になりました。どうもありがとうございました。

○鹿野座長 では松本教授、お願いします。

○同志社大学大学院司法研究科教授松本哲治氏 最初の点は、ドイツは知らないけれども、アメリカは知っていると言ったではないかということなのかなと思うのですが、アメリカの場合はそもそも22条に相当するような条文がございません。職業選択の自由ということがありませんで、就業についての条項はあるのですけれども、だから財産権についての一部の条項はあるのですが、かなり問題状況がまず憲法典的に違っているのだろうと思います。

ただ、アメリカでも契約の自由ということが判例法上言われたことはあります。ただ、これはかなり古い時代の話で、それこそ今、積極目的規制とか、政策的制約という話をしておりましたし、社会権の話をしましたが、社会権を実現するような立法に対して、1920年代とか30年代に連邦最高裁判所が契約の自由を侵害しているから違憲だという判決を下したことがあります。ルーズベルト大統領の頃なのですが、それはやはり当時の大恐慌後の経済状況の中、とんでもない話だということになって、最高裁の立場が変わってというか、そういうものについてはとやかく言いませんというふうになっているのです。

その結果、ここでの話では消費者保護法と社会経済立法とみたいな話で少し精緻に区分をして議論しようとしている側面があるのかと思うのですが、アメリカの判例の場合は契約の自由などで憲法違反というのは、今はないでしょうみたいな風に、ざっと全部流れていってしまっているのではないか。連邦制との関係とか、日本国憲法とは少し違うところから出てくる制約で違憲判決が出たりすることはあるのだと思うのですが、なかなか消費者保護法がどんな目的で、どんな審査でというようなことを細かく議論しているというふうには私は承知していませんが、それは通り一遍のアメリカ憲法の理解として申し上げられるだけで、専門的に御回答するのであれば、本来ちゃんと調べないといけないのではないかと思います。

山本委員の御感想のところは、御感想としか受け止めようのないところがあるのですが、コミュニケーションに関係しているというのは今、お話している中で、基本的に22条と29条と13条との話で申し上げているのですけれども、表現の問題であったりとかも考えなくていいのかというような御指摘を含んでいるのかなと思いました。

22条と29条も、どちらの問題として考えるのかというのが判例はどういうつもりがあってやっているのか、必ずしもすっきり読み取れないところがあるのですが、表現に関しても商業的な言論、コマーシャルスピーチを表現の自由の問題と考えるのか、22条と29条の問題として考えるのかというのも、どちらで考えるにしても普通の表現と同じレベルの保障ということにはならないのだと思いますけれども、余り自覚的に判例を使い分けている感じが少なくとも日本法に関してはしなくて、先ほどNHKのところで当事者が言ったことをリピートした上で否定している以上の意味がどれぐらいあるのだろうかと申し上げたのですが、最高裁は例えば青少年に対する有害な本の販売規制の場合で、当事者が22条違反だと言うと22条違反だという主張があるが、22条違反ではないとかされて、当事者が21条違反だと言うと、21条違反だという主張があるが、21条違反ではないとなって、最高裁はどちらの権利のものだと思っているのですかということについて特に説明がなかったりするということがあるので、基本権競合の問題というのはまだまだ解明の必要があるのかなという感じはしております。

最後に山本委員が触れられた、結局これは消極なのか、積極なのかという話は、確かに考えるとよく分からなくなるなというところがあって、もともと消極目的、積極目的の二分論については、例えば税収目的だったらどうなるのですかと言われると、何だかどっちかよく分からないねという話になったり、あるいは環境保護も命に関わるような環境もあるけれども、より良き生活みたいな環境もあるでしょうというふうに言われると、どっちなのですかねという風によく分からないことがあると言われております。

実体的に区分していこうとすると、本当にどんどん分からないところが出てくるのだと思いますが、中で少し申し上げたように機能論というか権限分配論というか、裁判所のお仕事なのですかねこれはという視点から見ていくと、一見分からないように見えてもどちらなのかということが分かってくるという面はあり得るのかなという感じは持っております。感想とおっしゃったことをいいことにお答えになっておりませんけれども、私のコメントとしてはそれぐらいのところでございます。

○鹿野座長 ありがとうございました。

ほぼ時間になったのですが、では高委員長、手短にお願いします。

○高委員長 全く私は憲法の議論については門外漢でよく分からないのですけれども、4ページの真ん中に(2)で憲法学における私人間効力論の議論状況と書かれているのですが、以前、憲法と私法の関係についてのある先生の論文を読んだとき、国家は個人の基本権を他人による侵害から保護する義務を負うという説明を目にしました。なるほどと思って私は読んだのですけれども、松本教授が書かれている保護義務論をめぐる議論というのは、今のような主張に対して反論する議論もたくさんあるということですか。

○同志社大学大学院司法研究科教授松本哲治氏 そうですね。つまり、正に慶應の小山先生とか保護義務論で考えたらいいのではないかということをおっしゃっていて、それが間接効力の背景にあるものとなるのではないかというのが1つの有力な議論なのですが、保護義務だという言い方をすると伝統的に自由権だと言われていたものも、そういう自由権を他人に侵害されないように国家に保護してもらうものだという説明の仕方になるのだと思うのです。それが自由の本質と抵触するという感覚を持たれる伝統的な学者の先生方、芦部信喜先生とか佐藤幸治先生というぐらいのレベルの先生方の伝統的なリアクションは、保護義務なんておかしいというのはやはりあって、突き詰めていくと委員長が今、言われたように、保護義務の言っていることの内容が、日本国憲法が否定しているものだという風に言うのは難しいのではないかと思いますし、三菱樹脂事件の判決の背後にも、そのように解釈を一般条項についてしなければいけないと言っていることの背後には、何らかそういうものがあるはずだということは私は承認してもいいのではないかとは思うのです。

ただ、保護義務という言い方は自由権の本質に抵触するという大先輩たちの感覚は、にわかに捨て去ることのできないものがあって、自由権というのも国家に対して保護義務を要求するものなのだというふうに、そういう言葉遣いで日本国憲法の保障をしている物事の内容を語るのが適切なのかどうかということについては、よく考える必要があるのかなというふうには思っております。

○鹿野座長 まだまだお聞きしたいところもあるのですが、時間がまいりましたので、松本教授へのヒアリングはこの辺りにさせていただきたいと思います。

本日はお忙しい中、御出席いただき、お話をいただきましてどうもありがとうございました。

(同志社大学大学院司法研究科教授松本哲治氏退席)

○鹿野座長 続きまして、カライスコス准教授に御説明をお願いしたいと思います。

(京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏着席)

○鹿野座長 本日、カライスコス准教授から海外の法制度の検討の一環として、EU消費者法における民事・行政・刑事的執行の位置付け及びフランス消費者法におけるそれらの連携について、お話をいただきたいと思います。

カライスコス准教授の御専門分野は、民法もやっていらっしゃいますが、ヨーロッパ私法、とりわけヨーロッパ消費者法に造詣が深い方と承知しております。本日は、諸外国のうち欧州連合(EU)の法制度、また、フランス法における民事ルールと行政規制の関係性について御紹介をいただけると伺っているところであります。

EUでは、加盟国はEU指令に基づく国内法の整備が求められているところ、消費者の権利に関するEU指令の下で、本日はフランスを例示的に御紹介いただくということですが、加盟国がどのような制度設計で消費者保護を図っているのかということについては、本ワーキング・グループにとって議論の参考になるのではないかと考えているところです。フランスが中心ということではありますけれども、かなり幅広く諸外国の状況を御存じだと思いますから、適宜その辺りは、時間の限りで言及していただければと思います。

それでは、恐縮ですけれども、20分程度でまずお話しください。お願いします。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 皆様こんにちは。ただ今御紹介に預かりました京都大学のカライスコスと申します。

本日はこのような場で報告ができることを大変嬉しく思っております。

今、座長からも話がありましたように、私の報告では、レジュメの1ページから3ページまでまずはEU法の全体像を概観した上で、4ページから6ページまでにおいてフランス消費者法を中心にお話をしたいと思っております。

まずEU法の概観ですが、レジュメの1ページの1に書いてあるように、EU消費者法では過去から色々な指令などのいわゆる第2次法が制定されてきていて、それによって加盟国における消費者法がある程度平準化されてきています。しかし、他方で執行の分野、エンフォースメントとも呼ばれたりしていますが、これについては基本的に加盟国の判断に委ねるというのが基本的な姿勢です。これはEUの権限に関する条約上の制限などがあるところで、このようにせざるを得ないところでもありますが、それによって、加盟国においてEU消費者法を実際にどのように執行するのかにおいて、加盟国間で違いが見られます。

加盟国における主なスタンスを見てみると、(1)のところですが、ドイツでは、EU消費者法の国内法化の際に、基本的に特別法などを設けることはせずに、なるべく既存の基本立法、例えば民法の中に取り込んできています。そして、執行についても、結局のところそのような既存の法律を基に行っていくという姿勢が強く見られるところであり、基本的に民事的な執行が中心となっていて、刑事的な執行や行政的な執行の役割は比較的小さいと言うことができます。

これに対してイギリスを見てみると、国内法化する際に基本的に新たな特別法を設ける方式が一般的となっており、知り合いのイギリスの先生の表現を借りるならば、「コピーペーストをする」ような感じでEU指令などの内容を国内法化して、特別法の中にそのまま置いています。

イギリスは、従来は行政的執行や刑事的執行が中心になっており、民事的な執行の役割は小さかったのですが、近年それが強化されてきているという経緯があります。

本日御紹介をするフランスでは、従来から民事的執行、行政的執行、そして刑事的執行がバランスよく組み合わされてきていると個人的には感じております。

レジュメの2ページですが、EU法レベルでの執行の在り方についてお話をしますと、条約上の規定などは特にないのですが、効果的な執行の原則あるいは実効性の原則と呼ばれているものがあります。これはEU消費者法にも当てはまるものなのですが、加盟国はEU法に基づく権利の執行に関する条件などを、救済を実質的に不可能あるいは非常に困難とするような形で構成してはならないという内容のものです。そして、その積極的な内容を見ると、十分な救済手段を提供しなければならないというものになっています。

そこで、実際に実効性の原則がEU第2次法、つまり第1次法である基本条約などに基づいて採択された指令などでどのように定められているのかを見たいと思います。例えば、不公正契約条項指令を見てみると、7条(1)に、加盟国は、相当かつ効果的な手段を確保しなければならないと定められています。これはいわゆるエンフォースメント、執行に関する規定となっています。

実際にこれに言及した欧州連合司法裁判所での事案があります。例えば、注4の、98年の事案ですが、欧州連合司法裁判所は、契約条項が不公正かどうかを裁判所が職権で審査するという権限を持つことは、上述した指令7条の目的を達成することにも貢献するのだと判断しています。

そして、この考え方が下にある後の判決によって更に拡大されました。例えば、注5の2005年の判例では、消費者信用指令について、消費者の救済権に関しても裁判所が職権で判断することができるとされています。つまり、消費者側から主張がなくても、職権で審査することができるのだという判断が示されましたわけです。

また、その下に記してある営業所外契約に関する指令判決、こちらは注6の2008年のものです。この指令は後に廃止されていて、現在は消費者権利指令の一部となっています。そこでは、営業所外契約に関する撤回権について事業者が情報提供義務を負うことになっていますが、それを履行しなかった場合についても、消費者側から主張がなくても裁判所が職権で審査することができるという判断がされています。これらの判決の内容を見てみると、それは裁判所の権限にとどまらず義務でもあるという見方がされていますし、基本的に期間的な制限には服しないものとされています。

これをどうして御紹介したのかと言いますと、本報告では主に民事、刑事あるいは行政的執行という観点から分析をするわけですが、このようにEUでは民事的執行の中での職権的な審査という点も、効果的な執行の1つの観点として取り扱われているからです。

次に金融サービス通信取引指令の11条ですが、こちらにも加盟国は適切な制裁を確保しなければならず、制裁は効果的、比例的かつ抑止的なものでなければならないと定められています。

次にレジュメの3ページですが、不公正取引方法指令にも同様の規定があり、こちらは時間との関係で読み上げませんが、不公正取引方法指令との関係で特に特徴的なのが、米印にあるように、自主行動基準についてもエンフォースメントの観点から言及がされているということです。

さらに、第1号会社法指令、これは第1次会社法指令などと呼ばれることもありますが、その6条にも適切な罰則を設けるべきだということが書かれています。ただし、罰則をどのようなものにするのかは加盟国の裁量に属するとされています。

このように本日の報告に向けていろいろと調べたのですが、残念ながら直接的に消費者法の執行において民事、刑事、行政的執行の関係あるいはどれを採用するべきなのかということに関する判断は見られませんでした。しかし、先ほどの職権による審査というものが参考になると思われることと、レジュメの3ページのウのところですが、これは若干例外的な位置付けではあるものの、欧州連合司法裁判所が、執行方法の選択は加盟国の裁量であるとしているにもかかわらず、刑事的な執行を必ず設けなければならないと判断している場合がありました。それは、環境保護の分野でした。日本だと消費者保護法の領域に属するものではないのですが、諸外国では広義の消費者法の一部とも位置付けられるものです。

(3)ですが、後にもフランスについてもお話をするように、EUでの傾向を見ると、行政的執行がやや強化されていると言うことができます。これはもちろんそれぞれの加盟国の事情によるものでもありますが、(3)に挙げている消費者保護協力規則2006/2004というものがあります。これはレジュメに書いてあるように消費者の利益侵害が複数の加盟国に関わるものである場合について、各加盟国の所管当局が共同して対応するための枠組みを規定するものです。この影響を受けて、いろいろな加盟国で実際に行政的執行が強化されており、フランスでもこの規則の影響が大きかったと言うことができます。

最後に(4)の最新の展開というところですが、今年3月にヨーロッパに調査に行き、ブリュッセルにある欧州委員会を訪問しました。2018年4月11日にニューディールが正式に提案されたのですが、その訪問の際にも少し話を伺いました。

このプロジェクトの内容は、既存の指令などを見直すというかなり大がかりなもので、数年間にわたって行われるのですが、その中核となるものの1つとして、消費者の権利と執行を強化することが挙げられています。そして、その一環として、加盟国の消費者保護当局による制裁を強化することが挙げられています。つまり、ここでも同じく行政的執行の強化が見られるわけですし、さらには最後の米印に書いてありますように、このニューディールの一環として、集団的な被害回復の強化も1つの項目として挙げられています。

次に、レジュメの4ページ、フランス消費者法における連携というところに入りたいと思います。こちらは(1)総論と(2)各論に分けております。

総論では主な特徴について簡単に御紹介をしたいと思います。御存じのようにフランスには消費法典が存在していて、これが消費者法に関する包括的な立法として位置付けられています。これについてメリットとして挙げることができるのは、フランスの文献でも記されているところですが、消費者法の全体像を一覧できることです。また、冒頭でもお話をしましたように、フランスの特徴としては民事的執行、行政的執行、そして刑事的執行が組み合わせられているということが挙げられます。いわゆる複合的な執行というスタンスが採られているわけですが、これは必ずしも全ての違反行為についてこれら3つ全てを用いることができるという意味ではなく、様々なメニューが置かれることによって、違反行為の内容などに柔軟に対応できるということです。

さらに、私はフランス法における執行については、2015年頃に大阪弁護士会の勉強会でも報告したことがあるのですが、3年経った現在、この報告の準備で改めて調べたところ、前回よりも執行、制裁の条文が見つけやすくなっていました。なぜかというと、レジュメの(1)の2つ目の米印にあるように、2016年に消費法典の改正が行われていて、この改正は再編さんとも呼ばれていますが、その際に、従来は実体法的な規定と制裁の部分が交ざって置かれていたのが、今では「制裁」という1つの項目が設けられ、その中でさらに民事、刑事、行政というふうにタイトルが置かれて並べられているので、制裁を探すときに非常に助かりました。しかも、その制裁も実体法的な部分、例えば不公正契約条項や不公正取引方法に対応する形で1つのまとまりとして置かれているので、非常に見つけやすくなっていて、分かりやすい構造になっていると感じました。

ただし、括弧内にありますように、現時点ではまだ徹底がされていません。これはフランスの学者からも指摘がされているところで、結局のところ一般法としての民法の中にはもちろん規定が残っており、民法に基づく取消しなどは消費法典には載っていませんので、全ての制裁が把握できるわけではなく、あくまでも消費法典の中にある制裁がまとまっていて探しやすくなったということにとどまるわけです。

歴史的な経緯と書いてあるところですが、消費法典については1993年ころに議論が固まったわけですが、その当時の文献を見てみると、消費者法に関する法律が現在の日本法のように特別法を中心とするものとなっており、点在していたことから、実際にエンフォースメントをする際などにコストと時間が掛かり、また、事後的な制裁のみとなってしまって予防ができないなどという指摘がフランスでもされていました。さらに、このように個別法に分かれていると、個別法の間で矛盾なども生じてしまうという指摘もされておりそのような理由もあって消費法典が制定されたわけですが、それがちょうど2年前の2016年に更に見やすいものになっています。

個人的に特に興味深かったのが、消費法典の導入の際にフランスの著名な学者が、消費者法に関する規定が個別法にばらばらに置かれていると、国民から法を「隠している」のと同じような状況になってしまい、そのように法を国民から「隠す」社会は民主主義的なものではないと指摘していることでした。

次に(2)の各論の部分ですが、全ての指令などの国内法化の状況を見ることは時間的に難しいので、主なものを取り上げて御紹介をしたいと思います。

1つ目が、不公正契約条項指令です。日本で言うところの消費者契約法の8条から10条の規定に相当するもので、日本法よりも充実した内容となっています。まず、民事的執行と行政的執行に関する規定が置かれていて、刑事的執行に関する規定は、これについては置かれていません。民事的執行について見ると、不公正契約条項は書かれていないものとみなすという規定になっており、解説書などによると、これは、個々の消費者、行政当局、消費者団体が主張しなければならないと書かれています。行政的執行のところですが、特定の不公正契約条項が契約に含まれている場合には、自然人に対しては3,000ユーロ以下、法人に対しては1万5,000ユーロ以下の過料を科すことができると定められています。

次に、不公正取引方法指令です。この指令は内容が非常に多いので、その中でも誤認惹起的な取引方法、攻撃的な取引方法、そして不招請電話勧誘を取り上げたいと思います。

まず、誤認を惹起する取引方法についてですが、刑事的執行のみで、他には特にありません。刑事的執行の内容を見ると、2年の禁固及び30万ユーロの罰金、そして、この罰金の額は、さらにその下の3行に書いてあるとおり増額することができます。

2つ目としては、5年以下の職業制限などというものがあり、日本法の感覚だとこれは行政的な制裁なのではないかと思われるところですが、フランスの解説書などでも刑事罰の中の補完的な罰として位置付けられています。

さらには有罪判決の内容の公表があります。これについても解説書では、補完的な刑事罰だという位置付けがされています。

民事的な執行については、消費法典には特に何も書かれていないのですが、もちろん一般法である民法に従い、損害賠償請求などをすることはできます。

刑事的執行のイニシアチブを取ることができるのは誰なのかといいますと、被害者である消費者、被害者である事業者、消費者団体、行政当局となっており、アクションを起こすことができる主体がかなり幅広いです。

次に、5ページの攻撃的取引方法に関する制裁ですが、こちらの民事的執行の内容としては、それによって締結された契約の取消的無効があります。そして刑事的執行としては2年の禁固及び30万ユーロの罰金が定められています。こちらも増額可能です。さらに、先ほどと同じく刑事的執行の一環として、5年以下の職業制限なども設けられています。

最後に、不招請の電話勧誘を見たいと思います。不招請の電話勧誘に対する規制は日本では導入されませんでしたが、これについては、行政的執行として、自然人に対しては1万5,000ユーロ以下、法人に対しては7万5,000ユーロ以下の過料を科すことができるとされています。

消費者権利指令のところですが、こちらも内容が多岐にわたっていますので、契約締結前の情報提供義務と、営業所外契約と通信取引契約を取り上げて御紹介したいと思います。

契約締結前の情報提供義務につきましては、レジュメには掲載していませんが、行政的執行であり、3,000ユーロ以下あるいは1万5,000ユーロ以下の過料が課されます。重要なものとされている情報については、更に増額して7万5,000ユーロ以下あるいは37万5,000ユーロ以下の過料となっています。なお、消費法典には規定は置かれていませんが、一般法である民法を用いて契約の無効などを主張することは別途可能です。

営業所外契約及び通信取引契約のところですが、こちらは民事、刑事、行政的規制の3つともメニューがそろっていて、民事としては取消的無効となっています。さらに、返金が行われない場合における遅延利息について詳細な定めが置かれています。刑事的執行としては、契約書面の交付がなかった場合、撤回権を行使するための書式が交付されなかった場合、あるいは営業所外契約の締結日から7日間が経過する前に支払を受けた場合などについて、2年の禁固及び15万ユーロの罰金が科されます。そして、さらに先ほどと同じ刑事執行としての位置付けですが、5年以下の職業制限などを科すことができるとされています。

最後に6ページの、行政的執行のところですが、情報提供義務違反などについては3,000ユーロ以下あるいは1万5,000ユーロ以下の過料を科すことができます。撤回権に関する違反行為については、その金額が更に高くなっています。

最後に、この3つの米印について若干補足をしたいと思います。こちらは多分時間が余りありませんので、また後ほど御質問をいただければと思いますが、民事的執行における消費者団体の役割については、フランスの消費者団体はかなり充実した訴権を付与されています。1つ目が私訴権で、刑事手続に参加し、少額のものにはなるが、損害賠償請求を行うことができます。その他に違法行為差止訴権、共同参加訴権、代位損害賠償訴権、これはオプトイン型のものでして、団体の負担も大きいということもあって実績はほとんどないと記されています。さらに、グループ訴権というものがあります。

2つ目は、行政当局の調査権限や提訴権限などというところです。これはフランスでは批判もありますが、特に競争・消費・詐欺防止総局などの権限が強化されています。例えば、競争・消費・詐欺防止総局は、行政命令によって不当行為の抑止をしたり、過料を科したり、あるいは刑事罰のある違法行為については事業者と和解を行ったり、さらには裁判所に対して不当条項の削除や不当行為の中止を求めることができます。立入権限もあり、それを妨害した場合には刑事罰が科される仕組みになっていますので、かなり強力な権限を持っていることになります。

今回時間が足りなくて、詳細はまだ確認していないのですが、2014年にフランスの憲法裁判所の判決が出ています。そこで争われたのが、どうやらこのような広範な権限が憲法に違反するのではないかという点であったようです。過去のフランスの報告書などを見てみますと、二重処罰の禁止に反するのではないかなどという指摘もされていますので、もしかしたらそのような観点からも争われたのかもしれないのですが、最終的には合憲だという判断がされています。

フランスにおいてなぜ行政的執行に力点が置かれているのかという点についてですが、フランスでは2008年ころに取引関係の「脱刑事化」が唱えられた時期があり、刑事的な側面を弱くするのと同時に、その代わりに行政的な側面が強化することが議論されたようです。その主な理由が、行政的執行のほうが早くて、手続も簡素であると主に言われていたようです。

若干早口になって申し訳ありませんでした。御質問などいただければ幸いに存じます。ありがとうございました。

○鹿野座長 ありがとうございました。

それでは、ただ今の御説明を踏まえまして御質問、御意見等いかがでしょうか。

池本座長代理、お願いします。

○池本座長代理 大変興味深い、しかも最新の情報を含めて本当に分かりやすく報告いただいて、参考になりました。

第1の質問は確認的なことです。2ページ目で(ア)の下の辺り、裁判所の職権による審査ができるというところに営業所外契約に関する指令の撤回権に関して、後に消費者権利指令によって廃止という言葉があるのですが、廃止したというのは撤回権そのものが廃止というのではなくて、規定の所在が変わったという理解でよろしいのかどうかという点。これは確認的なところです。

2点目の質問は中身にわたるのですが、4ページと5ページで、4ページだと(2)アの(ア)と(イ)で民事、行政で不公正契約条項は民事的には書かれていないものと見なすとし、行政的にはそれに対して過料があるとあるのですが、これは対象となる不公正契約条項は、同じ中身のものが共通に民事・行政の制裁の対象なのか、それとも例えば包括的な条項とか、個別具体的な条項で対象が違うのか。

同じ問題意識で5ページの攻撃的取引方法に対する制裁。これもAとBで民事と刑事の制裁がありますが、攻撃的取引方法によって締結された契約の取消的無効というものと罰金というものがありますが、これも攻撃的取引方法というものは同じ要件の規定が両方にかかるのか、それとも書きぶりが違うのか。実はその問題意識は先般の消費者契約法改正と特商法改正が同時並行で進んだ際に、行政規制としての条文を具体的に書かないと、明確でないものは行政規制の対象要件としてよろしくないという、この議論は理解できるのですが、民事規定としての消費者契約法の規定についても要件が不明確だから反対だという意見が多数出たのです。民事の規定は双方の主張の対立の中で最終的には司法が判断するもので、むしろ民法がそうであるように個々の規範が書いてあって、それをどう解釈、運用するかだと思うのですが、どうも我が国の議論で民事のルールと行政規制との要件の共通化というか、民事規制なのだけれども、要件をもっと細かく書けという議論があるので、フランス法の場合はどうなのか。あるいはEU全体について、その辺りはどういう理解なのかをお伺いしたいです。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 御質問いただきありがとうございます。

1つ目の御質問は、御指摘のとおり、この書き方だと誤解を招く可能性がありますので、後日、レジュメの記載も修正したいと思います。ここに書いてある「廃止」についてですが、現在の日本法におけるのとほぼ同様にEUでも分野ごとの指令が出され、それが点在していたので、消費者権利指令によってそれを統一するという試みが行われました。諸事情により残念ながらほぼ失敗に終わったと言ってもよいのではないかと思います。一部だけがまとめられるにとどまったわけなのですが、そのまとめられた一部の中に営業所外契約があります。したがいまして、単独で存在していた営業所外契約に関する指令は廃止されたのですが、その内容はアップグレードされた内容で消費者権利指令の中に置かれています。

2つ目と3つ目の御質問ですが、不公正契約条項については、不公正な契約条項は書かれていないものとみなすという規定があり、さらに別の規定で過料を科すとされていますが、(イ)にも書いてありますように、全ての不公正契約条項に対してではなくて、特定のデクレに含まれる一部の契約条項が置かれている場合ですので、この(ア)と(イ)の関係を見ますと、(イ)のほうが、若干適用範囲が狭いと言えます。あらゆる不公正な契約条項を対象としているわけではなくて、特にデクレによって規定されているものが対象となります。

レジュメの5ページに関する御質問ですが、条文がどうなっているのか引いてみたところ、刑事罰を科しているL.132-11条を見てみると、L.121-6条及びL.121-7条に定める攻撃的取引方法については、これらの刑罰を科すという規定ぶりとなっていますので、新たに何か構成要件を設けるわけではなく、既に民事の部分で定められている条文をそのまま参照する形で、そこに定めている攻撃的取引方法が行われれば、刑罰を科すという規定ぶりとなっています。

御質問に対する御回答になっているかどうか自信がありませんが、以上です。

○池本座長代理 最後の部分の確認ですが、そうしますと攻撃的取引方法に関する制裁のところは、民事のルールと罰則の対象は基本的には同じ要件のものを対象にしているという理解でよろしいわけですね。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 そうです。条文を見ても特に何か追加されておらず、この条文に規定している攻撃的取引方法については次のような刑罰を科すということで、あとは罰則の刑罰の内容の話になっています。

○池本座長代理 2番目の不公正契約条項の場合には、行政の場合にはこの一部に限定とありますが、それ以外のものという民事の対象となるものというのは、もっと包括的な規定が別にあるという理解でよろしいでしょうか。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 はい。その理解で正しいです。

○鹿野座長 他にいかがでしょうか。

今、池本座長代理から御質問があったところは、もともとこのワーキング・グループでも問題意識を持っていたところです。もちろん、いろいろな問題意識があるのですが、その出発点となったものの1つでもありまして、民事的なルールと公法的な制裁のルールの在り方はいかにあるべきかといった、そのような問題意識に基づく御質問だったとお聞きしました。

他に関連するところでも結構ですが、いかがでしょうか。

○高委員長 御説明いただきましてありがとうございました。

4ページのレジュメのところに書かれています、下の不公正取引方法指令の(ア)に書いてあります誤認惹起的取引方法に対する制裁、ここで詳しい説明をいただいたのですけれども、これはフランスの話ですよね。フランス全体として脱刑事化に向かっているということですが、これに関しては刑事のままにしている。その点が若干分からないのですが。刑事的執行のままでも、手続が簡素化され、迅速に法執行できるということなのかお聞きしたいのと、もう一点は、罰金額が書かれていますけれども、これはある意味では最低の罰金額ということですか。この下のところの売上に応じていずれか高いほうを採用することができるということですので、そういう解釈でよろしいでしょうか。果たして刑事的執行として、迅速にこういったことができるのか、その辺を教えていただけますでしょうか。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 御質問ありがとうございます。

その部分に関しましては、今回の報告に向けた準備の最後のほうで調べていたところでして、まだ調べ切れていません。申し訳ありません。

2つ目の御質問につきましては、本日は改正後の規定を御紹介しましたが、日本で紹介する文献にも、御指摘のとおり2年以上の禁固あるいは30万ユーロ以上の罰金として紹介するものもあり、恐らく御指摘の趣旨と同じ考え方ではないかと思います。条文上は30万ユーロの罰金とは書いてあるが、増額をすることができるので、結局は30万ユーロ以上だということであろうというところかと思われます。

○高委員長 もう一点だけ、私はよくフランスの事情は分からないのですけれども、司法取引のようなものがあるのですか。それでこういう仕組みになっているのですか。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 これについてはレジュメの最後の6ページで少しお話をしましたように、司法取引ということではないのですが、行政当局の権限の1つとして、レジュメには書いてありませんが、刑事罰のある違法行為であれば事業者と和解をすることができるという権限を行政当局が持っています。誤認惹起的な取引方法も刑事罰の対象とされているので、そうであれば行政当局が和解の権限を発動させることができるということとも関連性があるのかもしれないと思います。

○鹿野座長 他にいかがでしょうか。山本委員、お願いします。

○山本委員 今の点については、私も恐らくそういうことではないかと思います。少しだけ調べたことがあるのですけれども、フランスの場合には刑事の場合に行政が和解をするということが使われていて、ただ、それが不透明だという批判もあって、それで手続上の規定を設けたとか何かいろいろなことが確かあったのでないかと思います。私も細かいことは余り記憶していないので確かではないかもしれません。

私も質問なのですけれども、1つはやはり行政制裁と申しますか、過料に関してなのですけれども、6ページの最後のところで消費者団体の役割という項目が出てきました。行政制裁といいますか、過料の手続に消費者団体が何か関わっていくことが認められているのかどうかということを1つお伺いしたいと思います。

もう一つは、この分野で行政制裁、過料を科すというときに、最後のところに競争・消費・詐欺防止総局というものが出てきますけれども、ここがどのような手続で科すのか。何らかの合議体の委員会のようなものが設けられていて、そこで判断が行われた上で科される仕組みになっているのか、あるいはそうではないのかという辺りについて、お伺いしたいと思います。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 御質問ありがとうございます。

1点目につきましては、6ページの最初の米印に書いてある訴権を消費者団体が有するわけですが、こちらを御覧いただきますと、過料に関連しそうなものはなく、刑事手続あるいは民事手続での参加という形が採られています。

2つ目の御質問につきましては、こちらも同じく今回の報告に向けた準備の最後のほうで調べていて、まだ調べ切れていないので、今の時点では明確にお答えはできません、申し訳ございません。

○鹿野座長 山本委員、よろしいですか。

他にはいかがでしょうか。

○池本座長代理 もう一点、御質問させていただきます。

6ページの先ほどの消費者団体の役割というところで、私訴権から差止め、あるいは代位損害賠償訴権、グループ訴権というふうに非常に多様な訴権が挙げられているのですが、これは1つの団体にいずれの権限もどれでも使えるということなのか。

それから、そもそもの前提の実情を知らないので教えていただければと思うのですが、こういった多様な権限を持っているというふうになると、フランスの中でもある程度絞られた団体にこれだけの権限、オプションを含めて与えられているのか、それとも複数の団体があってそれぞれやっているということなのか。特に、損害賠償までいけば一定の費用還元になるのかもしれませんが、差止めはやってもそこからは収益は生まれないわけで、こういった消費者団体に対する公的な支援というか連携というのは、何かヒントになるものがあるのかどうか。もしお分かりであれば教えていただきたいと思います。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 御質問ありがとうございます。

2013年だったかと思いますが、弁護士会の調査に通訳として参加し、そのときにはフランスの消費者団体を訪れ、同調査の報告書も公表されていますが、その際に、財産的な側面で恵まれているという印象が非常に強かったのを覚えています。

日本と若干違うところが、国からの支援もそれなりにかなり強く、充実したものとなっていることですが、それ以外にも、1つの営業モデルとして自ら資金を調達するシステムもでき上っています。

訴権との関連性で言いますと、認可を受けた消費者団体が行使することができるということになっており、フランスを見ても、実際に積極的に行使している団体は絞られてはいますが、それなりに機能もしています。グループ訴権については成城大学(元北海道大学)の町村先生などもよく報告されておられます。制度は日本とほぼ同時期に導入されて、日本ではまだ提訴がされていない状況かと思いますが、フランスでは最後に町村先生のご報告を伺った時点で既に9つぐらいの事案が上がっていましたので、既に制度が動き出しているという状況です。

○鹿野座長 他にいかがでしょうか。

私からも伺ってよろしいですか。3つほどあるのですが、1つは先ほど、ちょっと遡りますが、池本座長代理が御質問になったことに関連します。民事ルールと行政規制がタイアップしているような規定が置かれているということであるが、ただ、全てが裏表として付いているわけではないという話がありました。ということは、民事ルールだけあって行政規制等はついていないというものがあり、その中には、民事ルールとして少し広いといいましょうか、受け皿的な規定が置かれているような場合もあると受け取っていいのか。それが1つです。

2番目はレジュメの6ページの、消費者団体の役割のところで、私訴権というものが最初に挙げられているのですが、これは検察官の手続に消費者団体が乗っていけるということですよね。そのようなことができれば、もちろんいろいろと立証等の面でかなり役に立つと思うのですが、これについては恐らくフランス特有の付帯私訴のような制度ないし考え方があるのではないかと思います。その点について御説明いただければと思います。

もう一つは、3ページのところでEU全体のお話をいただいたところの最後のところ(4)で、最近の展開ということで、消費者のためのニューディールということをご紹介頂きました。この具体的内容が確定したというわけではないが、今正ににこれをやろうとしているというお話でありました。

それと規模は違うかもしれませんけれども、このワーキング・グループも正に今後の消費者法分野のルール形成の在り方について考えていこうとしているところなので、そういう意味でもこの新しい動きに興味を持っているのです。そこで、このニューディールという名前をつけて新たにこういう展開を始めたということの背景と、方向性について、現時点で分かる限りで簡単に御紹介いただければと思います。よろしくお願いします。

○京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏 御質問いただきありがとうございます。

まずフランス法の各論における位置付けですが、御指摘の理解で正しいと私も思っております。つまり、正に一般的に民事的執行から入って受け皿的な規定を置いたり、全体を規律したりした上で、特定の側面について刑事的執行、行政的執行という形が取られていますが、それが重なる場合もありまして、例えば先ほど池本座長代理から御質問をいただいた誤認惹起的な取引方法であれば、民事的執行の規定をそのまま受けての刑事的執行になっていますし、あるいは5ページ(2)の攻撃的取引方法の規定ぶりを見ても、特に新たな構成要件などを定めることなく、民事の規定を受けて、その行為があった場合にはこういう刑事罰を科すという仕組みがとられていますので、民事規定のほうが広い場合もあれば、内容が重なるような場合もあるという規定ぶりになっています。

2つ目の御質問については、これは私の祖国であるギリシャにもある制度でして、正に御指摘のとおり付帯私訴というもので、基本的な考え方としては、被害者自身の刑事裁判への参加を認めるということが根底にあり、その際に単に参加をするだけではなくて、少額のものではあるが、損害賠償請求権を行使するという形がとられています。フランスにおける消費者団体にはそのような訴権が認められていますので、正に御指摘のとおり、それがフランスの文献にもよく記されているのですが、消費者団体が特に何か積極的に主張立証しなくても、検察官にそれを行ってもらえるというメリットがあります。

3つ目のニューディールの部分の御質問ですが、先日、EU消費者法の有名な先生でおられますイギリスのTwigg-Flesner先生など3名の著名な先生方が書かれた最新の文献を入手しました。その目次を見てみると、従来のEU消費者法に関する文献や著書であれば、エンフォースメント、執行という章立てが独立して設けられることは基本的にはありませんでした。不公正契約条項や不公正取引方法を紹介する中で、それぞれの最後の部分に執行がどうなっているのか少し書かれている程度だったのですが、今回の最新の文献を確認しますと、1つの独立した項目としてエンフォースメント、執行というものが掲げられており、著者自身が、このような目次立ては近年のEUにおけるエンフォースメントの重要性を象徴するものでもあると記しています。

つまり、EUで議論されているのは、実体法規定については指令などで一定の平準化がされていて、それによって加盟国の実体法部分がかなり充実してきているけど、エンフォースメントが加盟国の判断に委ねられていることによって加盟国間で違いが出ているということなのです。レジュメの3ページの(3)の消費者保護協力規則などによってある程度連携が強化され、加盟国における行政的執行が強化されたとは言っても、実体法の充実の程度と執行における充実の程度にばらつきが見られるということが大きく影響しているようです。

ニューディールの中で行政的執行の強化と、もう一つの柱としての集団的な被害回復が掲げられているのも、そのようなことが背景事情になっているのではないかと思います。つまり、どんなに良い規定が実体法に置かれていても、個々の消費者が少額の事案で実際に提訴を行うことが難しく、また、差止めにも限界があるということで、行政権限を強化するとともに、消費者団体がより積極的な役割を果たして集団的被害回復を行えるようにするべきだということです。この部分については文脈とか内容の詳細は違いますが、日本における議論や流れとも一定の類似性も見られるのではないかと感じています。

○鹿野座長 ありがとうございました。

他にいかがでしょうか。よろしいですか。

それでは、時間になりましたので、カライスコス准教授からのヒアリングは以上で終了したいと思います。カライスコス准教授におかれましては、本日はお忙しい中、貴重なお話をいただきまして、どうもありがとうございました。

(京都大学大学院法学研究科准教授カライスコス アントニオス氏退席)

○鹿野座長 それでは、本日の議事は以上です。


≪3.閉会≫

○鹿野座長 最後に事務局から事務連絡をお願いします。

○丸山参事官 本日も熱心な御議論どうもありがとうございました。

次回の日程につきましては、改めて御連絡をさせていただきます。

○鹿野座長 それでは、本日はこれにて閉会とさせていただきます。

お忙しいところ、どうもありがとうございました。

(以上)